パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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Category: 福島生協病院の歴史(第1部)   Tags: ---

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歴史に学び 病院の新しい未来を(12)

職員総出で集金に

1947年の保険診療の占める割合は3割ほどでしたが、徐々に健保による医療が広がってゆきます。53年に、健康保険の適用業種の拡大、給付期間の延長、標準報酬の引き上げもされ、日雇い健保もできました。しかし、1955年に発足した福島診療所の経営は初めから困難に突き当たります。一部負担金や自費診療の多くは未収となり、盆暮れに職員総出で集金に回りました。

病院のできた年の大晦日、今年最後の追いこみと自らを励ましながら行く先々で「借りた覚えはない」「一昨年はだれも医者にかかってはおらん」「セデスを一包しかくれなんだ。あんなことならよその医者にかかった方がええ」「近頃看護婦が生意気になった」……。金は入らず、苦情ばかりで、いささかくさってしまう。ここでは主客転倒、卑屈なまでに頭を低うして、たまに20円、50円ともらえた時には嬉しくて急に足どりも軽くなる。あの晩も、もう少し、もう少しと北町から中町、南町へと歩き回った。(石田寿美恵『麦飯花 白衣の半世紀』日生協医療部会)

はな


土地も、金もないけれど

診療を始めてわずか1ヶ月で患者は60人を超すようになりました。嬉しい誤算です。みんな診療所に泊まり込みで、24時間、日曜も祭日もありません。そこで非常勤医師の応援をうけるようになり、看護婦も一人採用しました。

生協理事会は、顕微鏡一台しかない医療設備の整備、酔っぱらいなど反社会的患者対策、職員の補充、経営の安定化などに頭を悩ませました。その一方で、組合員の拡大、トラホーム無料治療。環境衛生、児童の衛生、保健婦活動、患者懇談会、スライド映写・映画による衛生思想の向上、組合員健診、ニュースの発行などについて論議。厳しい現実をいかに乗り越え、素晴らしい夢を実現するためにどうするのか、語り合いました。

時を同じくして、手術もでき入院もできる病院を望む声が日増しに大きくなっていきます。これらの声を受け、診療所設立からわずか半年で病院化をめざす動きが始まりました。57年、常任理事会は福島病院建設趣意書を作成。

「土地も、金も、何もないけれど、町のみなさんから本当に信頼される病院をつくるには、みんなの力を一つにし、衆知を集めて建設に当たるために、『福島病院建設委員会』をつくり、この建設委員会が病院の建設をおこなうようにしたいと考えています」

こうして、1958年2月、第1回福島病院建設委員会が開かれ、病院建設の準備が具体化されてゆくことになります。




Comments
 
「酔っぱらい」は「反社会的患者」なのですか?
福島病院では「酔っ払い」をそのようにみて、かつ診察・治療をしているのでしょうか。

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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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