パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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賃労働と資本(3) 体験的・古典の修行

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一字の違いが大違い
 
それでは、「まえがき」から読んでいきましょう。「まえがき」はエンゲルスによるもので1891年に『賃労働と資本』を単行本として刊行する際に書かれたもの。1895年にエンゲルスは没していますので、晩年の円熟したエンゲルスの仕事の一つだといえるでしょう。

エンゲルスは、マルクスの書いた「賃労働と資本」を改訂しました。何をどう変えたのでしょうか。

「私がくわえた変更は、すべて一つの点をめぐっている。原本では、労働者は賃金とひきかえに資本家にかれの労働を売ることになっているが、このテキストでは彼が売るのは彼の労働力である」(36ページ)



「労働」と「労働力」--「チカラ」のあるなしが「経済学全体のうちで最も重要な点のひとつ」だとエンゲルスは言います。そんなのどっちでもいい、と言ったら科学は終わり。「せんさくすることが学問だとはいえない。せんさくしない学問はない」と哲学者の藤野渉さんが言っています。せんさくとは「穿鑿」と書き、根掘り葉掘り調べ上げようとすることです。学問は厳密に考えていくことを要求します。

労働価値説を出発点にして

エンゲルスは、「古典経済学」の見地から出発します。アダム・スミスやリカードに代表される資本主義が始まった頃の経済学のことです。

あらゆる商品の価格は変動しています。最近、バターとチョコレートの価格は1.5倍になり、ケーキ屋さんが困っているというニュースをテレビで観ました。20年前に買ったパソコンは40万円しましたが、いま使っているのは5万円です。ガソリンのようにあがったり下がったりするものもあります。価格は変動するのですが、自動車の新車が50円とか100円で売られることはないし、大量に売られるボールペンが100万円するということもありません。一定の幅があるものの、それぞれの商品には「値頃(ねごろ)」=買うのに適当な値段、というものがあるのです。

実際に売られている値段を「価格」と経済学では呼びます。この「価格」の値頃を決めているものを「価値」あるいは「商品価値」と呼びます。価値を中心にしてある一定の幅(値頃)のなかを価格は上がったり下がったりするのです。

では、この「価値」は何によって決まるのでしょう。古典経済学は「ある商品の価値は、その商品にふくまれており、その商品の生産に必要な労働によって決定される」(38-9ページ)と説明しました。これを労働価値説といいます。

この、労働によって価値が決定されるという古典経済学の考え方を、「労働」という商品についてどうかと考えてみると、とんでもないことになるのです。
 
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ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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