パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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賃労働と資本(2) 体験的・古典の修行

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●「賃労働と資本」とは

『賃労働と資本』は、『賃金・価格・利潤』とともに、『資本論』への橋渡し、マルクス経済学の入門書として親しまれてきました。いずれも労働者に向かっての講演に基づくもの。『賃労働と資本』は1847年の講義をもとに49年に『新ライン新聞』に連載したものであり、『賃金・価格・利潤』は65年におこなった講義の原稿です。二つのあいだには20年近い月日の違いがあります。『資本論』第1巻の出版が67年ですから『賃金・価格・利潤』には、『資本論』第1巻の到達点がほぼ反映されています。

それに比べると『賃労働と資本』はまだ未熟で、誤りも含んでいます。

エンゲルスは言います。

「(18)40年代には、マルクスはまだ、その経済学の批判をおえていなかった。これは、50年代の末にやっと終わったのである。だから『経済学批判』の第一分冊(1859年)よりまえに出た彼の著作は……のちの著作の立場からみれば適当でなかったり、まちがってさえいると思われる表現や命題そのものを含んでいる」(35ページ)



しかし、それでも読む値打ちはあります。不十分さを伴いつつも、賃金とは何か、資本の儲けがどのようなしくみによって生み出されるのか、そのエッセンスが解き明かされているからです。さらに、エンゲルスのやや長い「まえがき」が大切で、これを熟読することによって、マルクスの「経済学の革命」が何によってもたらされたのかが理解できます。『賃労働と資本』の不十分さは『賃金・価格・利潤』、『資本論』を読むことで補えばいいのです。

●たたかいの経済的基礎を知るために

マルクスは、賃労働と資本についての講演をなぜ行ったのか。

「1848年に階級闘争が巨大な政治的形態をとって発展するのをみてきたあとで、いまやブルジョアジーの存在と彼らの階級支配との基礎をなし、同様にまた労働者の奴隷状態の基礎ともなっている経済的諸関係そのものを詳しく考究すべきときである」(56ページ)



1848年の階級闘争とは何かについては、「共産党宣言」で改めて説明しますが、階級闘争の発展と敗北を通じて、労働者階級の成長が求められており、そのためには労働者の奴隷状態がどのようにしてつくりだされるのか、その経済的要因を知らなければならないということです。

1840年代末のヨーロッパは 「ごく簡単な経済的諸関係についてさえ奇妙きわまる無知や概念の混乱がみなぎっている」(57ページ)とマルクスはいいますが、ある意味で今の日本も同じですね。

マルクスとエンゲルスは1845年に『ドイツ・イデオロギー』を書き、自分たちのそれまでの哲学的意識を清算し、唯物論的な歴史観の基礎を打ち立てました。48年には『共産党宣言』を著し、資本主義を乗り越える未来社会とそれをめざす共産主義運動についての見取り図をとして描きます。そして『賃労働と資本』の講演が47年で原稿化が49年です。

1848年のヨーロッパにおける革命を前後して、マルクスとエンゲルスの理論は哲学、革命論、未来社会論、経済学という広い分野にわたって、それらが相互に関連しつつ飛躍的に進歩しました。48年当時マルクスは30歳、エンゲルスは28歳。脱帽ですね。


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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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