パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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フォイエルバッハ論(24) 体験的・古典の修行

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●1948年革命と理論

「1848年革命とともに、『教養ある』ドイツは、理論に絶縁状を送り、実践の地盤に移った」(143ページ)とあります。これは「1」の最後、「1848年の革命は哲学全体を、フォイエルバッハがヘーゲルを片づけたように容赦なく、脇に押しのけてしまった。それと同時にフォイエルバッハ自身もまた、背景へと追いやれたのである」ということと照応しています。実践に移ったというのは第一に、産業界の変化、大工業化のことです。ヘーゲルに代表される「教養あるドイツ」「偉大な理論的感覚」「純粋に科学的な研究に向かう感覚」「妥協なき理論的精神」といったものは、ドイツから失われました。

当時の、ドイツの自然科学は、個別研究の領域では水準が高くても、個別の事実を大きく関連づけて法則化することではイギリスに遅れをとってしまったのです。ドイツを支配したのは「無思想の折衷(せっちゅう)主義であり、栄達と収入を求め、ついには卑属きわまる立身出世主義にまでなり果てる小心翼々とした斟酌」(144ページ)でした。

折衷主義は辞書には「相異なる哲学・思想体系のうちから真理あるいは長所と思われるものを抽出し、折衷・調和させて新しい体系を作り出そうとする立場」とあります。なんか「いいとこ取り」で良さそうにみえますが、そうではありません。「木に竹を接ぐ」という言い方がありますが、性質の違うものをつなぎ合わせ、首尾一貫した筋が通らなくなることが折衷主義のたどり着く先。「小心翼々とした斟酌(しんしゃく)」とは何でも穏便に丸く収めようとすることです。

エンゲルスはこのようにドイツにおける理論(哲学)の状況をボロくそにけなしています。しかし、そう批判しつつ、ドイツにおいて理論を代表する者たちがいる、と最後に述べます。

「ドイツの理論的感覚は、ただ労働者階級においてのみ、損なわれることなく存続している」(145ページ)。



ここで史的唯物論の重要な観点を述べています。

「社会の歴史全体を理解するための鍵を労働の発展史のうちに認識した」(同)。



たんに経済一般ではなく具体的に「労働の発展史」とエンゲルスが言っていることに注目したい。

そして実践に移ったとされる第二の内容は、労働運動です。

「ドイツ労働運動は、古典哲学の継承者である」(同)。



理論的基礎をもった労働運動ということでしょう。労働者は「数」という成功の要素をもっています。しかし、数は団結によって結び合わされ、知識によって導かれる場合にだけその力を発揮するのです(「国際労働者協会創立宣言」)。 

(『フォイエルバッハ論』おわり。次回から『賃労働と資本』です)
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ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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