パンとともにバラを

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子どもたちに伝えたい 人権と歴史(2)

杉並008


この集会のメイン企画の一つめ、翻訳家の池田香代子さんと、蓮池透さん(拉致被害者家族連絡会前事務局長)の対談。

まず、今日は杉並市民代表として「聞き手に徹する」と宣言した池田さんが、この日、衆議院の解散だったことに触れ、この解散を「自民党解散」と命名。この日引退する、河野洋平衆議院議長のいわゆる河野談話を読み上げました。

「本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」

「われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」


池田さんが拉致問題について初めて知ったのは、1990年。大学で「民話」を教えていて、学生たちから、「あなたの出身地の〝うわさ話〟を教えて」と調べたとき。

 鹿児島などいくつかの地域で「海岸でアベックが消える」というのが出てきた。翌年、鹿児島に行ったら海岸に「不審船を見かけたら警察へ連絡を」という看板がでていて、これは単なるうわさではない、と思ったといいます。

ちょっと長め(^_-)の導入から、蓮池さんにバトンタッチ。

杉並009

冒頭、「2002年9月17日の小泉首相の訪朝をきっかけに『弱者が強者になってしまった』」と切り出した蓮池さん。「『新しい歴教科書をつくる会』で講演したこともあります」とも。会場から温かい笑い声。

 みなさんは、蓮池透さんといったらどういうイメージをもっているでしょうか。テレビの中に映っていた蓮池さんは、まさに「強者」。右翼的な立場で、高い位置からものを言っている。
 ボクも『拉致』(かもがわ出版)を読むまで、そう思っていましたし、事実そうだったと思います。
 
 しかし、蓮池さんは「変わり」ました。いまでは右翼的な人たちから「蓮池は変節した」「裏切り者」と呼ばれているのです。
 講演で肉声を聞いて驚きました。テレビで見た蓮池さんとは別人のよう。もちろん顔とあのヒゲはそのまんまですが…。とてもおだやかな話しぶりでビックリ。たぶん憑き物がとれ、もともとの蓮池さんに戻ったのでしょう。

 蓮池さんの「変わらない」点は、拉致問題を真剣に考え、解決したいという気持ちがあふれていることです。

 蓮池さんは気づいたのです。「どうもこの問題は利用されているだけ」で、拉致問題を解決する意志が政府にも右翼団体にもないことを。

 「どうやったら拉致被害者を救えるのか。一方通行ではダメで、話し合いなしに解決はない。タフなネゴシエート(交渉)が必要だが、そういうことが日本政府にはまったくない」

 弟の薫さんが戻ってきたとき、「自分の弟とは思えないほど変わってしまっていた」といいます。

「金日成バッジをつけ、再会したときもいっさい涙をながさなかった。それは泣いてしまうといままでの自分の人生を否定することになるからだっただろう。彼らは帰国したのではなく来日したのです。完全に北朝鮮の人民になってしまっていた」

日本政府の立場は「一時帰国」で、拉致被害者をまた北朝鮮へ返すつもりだった、と蓮池さん。政府の作った日程表には「おみやげの購入」というのがあったそうです。おみやげ持たせてまた北朝鮮へ。

 「ふつう、誘拐された人をみつけて、しかもそこに誘拐犯がいるという場合、躊躇することなく連れ帰るものですが、そういう認識はなかったのです」
「帰国といっても、一時的なもの過ぎない。しかも、子どもたちは帰ってこない。そういうことを、日本政府は、被害者を拉致した国と約束してきたというわけです(『拉致』26,27ページ)


蓮池さんは「弟をぜったい北朝鮮へは返さない」と思ったそうです。

「なんとかして日本人としてのアイデンティティーを取り戻し欲しかった。「おどしたり、おだてたり何でもした」「日本のパスポートを作らせ、金日成バッジはおかしいだろうといってはずさせたが、撮影が終わるとすぐまた付けた」

池田さんは、長い間孤立無援でがんばってきて、突然光があたってのだから、「弱者が強者になったという説明はよく分かる。〝つくる会〟にいってたという話も」。

 そりゃそうだよね。「支援してくれる」っていっているんだから、そこに頼るのは当然のこと。本質がみえるまで時間が必要だったのですね。

そして、池田さんは、「地村さんが帰国後一年後の手記で『(拉致は)戦後国交が正常化されていない日本との対立関係が背景にある」とお書きになったとき、大変お怒りになられていましたが…」と質問。
蓮池さんは「そんな達観したことをいうな。何もしてこなかった政府や北朝鮮に対してもっと怒れという思いだった」と言います。

 『拉致』では次のように述べています。

「許されない被害に遭っていながら、拉致した北朝鮮の責任や、取り戻すのにこんなに時間がかかった日本政府の責任を問うのではなく、過去に背景があるのだと言ったわけです。北朝鮮でそのように教えられたのかもしれませんが、悲しいことです」(60ページ)

つづけて次のように書いています。

「しかし、彼らが重く受け止めている過去の問題を、もう少し日本側がまじめに考える必要があるのではないか。そうすることができれば、彼らの憎しみの気持ちを溶かすことができるかもしれない。最近、そう感じはじめたのです」(同60-61ページ)

対談では「過去に日本がやったこと、強制連行や従軍慰安婦の問題。そして北朝鮮の拉致問題。それぞれきちんと片づけないといけない」と言いました。

「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した」という「日朝平壌宣言」の立場、精神で「その過去とはどんなものであって、どんな悪いことをしてきて、だからどういう謝罪をするのかということ」を日本政府ははっきりというべきだ、というのです。

蓮池さんは、小泉首相が訪朝し、「日朝平壌宣言」が締結された「9.17はおそろしい一日だった」とふり返ります。

日朝両政府が 「国交正常化をおこなうために、拉致問題をこの一日で終わらせようとした」謀略の日だったというのです。「拉致問題の幕引きがねらいで「拉致問題は北朝鮮が事実を認めて誤るだけでいい、そうすれば国交正常化しようというシナリオ」で、「拉致された人の人格とか人権とか、あるいは尊厳というのは、そのシナリオのどこにもなかった」(『拉致』16ページ)のです。

 「日朝首脳会談が済むまで家族は隔離され、終わったら一家族ずつ、福田康夫官房長官に呼ばれて『5人生存、8人死亡』を伝えたのです。あまりに段取りがよすぎて政府ははじめから知っていたのではないか」と蓮池さん。

制裁を振りかざすのは簡単だが、それだけではなにも解決しない。拉致問題の解決には、きちんとロードマップ(行程表)をつくって、きちんと外交交渉すること、ネゴシエーションの方が大切。しかし、「日本政府はなんの戦略ももっていない」と蓮池さんは断言しました。

 以上が、対談のあらましで、ボクのメモに基づく再現です。だから、文責はあくまでボク個人にあります。

 あっというまの一時間。『拉致』のサインセール(?)では100冊があっという間に売り切れました。

この本をつくった畏友まったけさんも会場にいてうれしそう。6刷りだそうです。


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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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