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運動が生んだ憲法講座  連載に寄せて

         渡辺治(一橋大学教授 九条の会事務局)

渡辺治


二見伸吾さんが、憲法の連載講座を始めます。
 『主権者力を磨く』というタイトルです。
 この講座の個性は、何と言っても二見さんが取り組んできた憲法学習運動のただ中でつくられたものだという点にあります。それは、二つの点でとてもユニークな特徴を生んでいます。

●憲法の学び直しの過程

 ひとつは、この講座が、労働者や市民の人びとに憲法を語り、改憲の危険を訴える過程で、二見さん自らが憲法を学び直した、その努力の道のりを忠実に再現している点に現れています。
 たとえば、第1章「日本国憲法のこころを聴く」は、憲法前文に関する二見さん自身の格闘の産物です。彼は、ここで、「前文」の英文にあたり、池田香代子さんの訳にもあたりながら、「前文」の読み直しをすすめていきます。

 ついで、第2章「こころ優しき憲法」では再び憲法の人権条項に検討が及びます。ここでも、憲法についての新しい発見があります。憲法は、9条だけでなく、13条の個人の尊重がもう一つの柱となってできているという発見です。二見さんは、そのことを伊藤真さんの言説を手がかりに考えていくのです。

 第3章「日本国憲法の原点 ヒロシマ」では彼が憲法を捉え直す契機となったヒロシマが語られます。そこでもヒロシマについての彼自身の足で歩いた学習と発見の過程が再現されています。
 第4章「改憲のねらいと方法」ではそうした憲法を今変えようとする動きが検討されたあと、第5章「諸悪の根源 日米安保条約」では改憲を生む安保の系譜がたどられるのです。
 第6章「戦争をしない地球へ」で、再び、憲法を生んだ20世紀の戦争とそれに対抗する平和への営みの系譜がたどられ、21世紀を私たちがどう生きるかについて考える内容になっています。

 こうしたユニークな構成は、二見さんの、憲法についての、行きつ戻りつしながらの捉え直しの過程をなぞったもののように思えてなりません。

●憲法についての個性ある切り口

 もう一つの特徴は、この講座が、労働者や市民に著者が憲法と改憲の危険性を訴える際の独特の切り口、語り口となっているという点です。
 現代の憲法「改正」に反対して、その思いを市民に訴えてまわっている、数少なくない活動家や知識人、研究者は、憲法と憲法「改正」について、それぞれの憲法理解にもとづく個性ある切り口をもっています。

 自分のことを例にあげて恐縮ですが、僕の場合には、一番訴えたいのは、憲法は死んでいない、僕たちの先輩や僕たち自身の運動の力で、憲法は日本社会を変えてきたし今も影響を与えつつる、という点です。ですから僕は、憲法が危機にあるという点ももちろん強調しますが、どちらかといえば、憲法よくがんばってきたといいたいのです。こうした僕の切り口は、もちろん僕自身の憲法についての理解にもとづいています。こうした切り口に対してしばしば市民の方から、“日米軍事同盟で自衛隊が憲法を逸脱して共同作戦に踏み切っている状況を過小評価しているのでは”、という質問を受けます。そういう人は、憲法「改正」の問題を話すとき、当然、僕とは異なる切り口になるだろうと思います。

 二見さんは、この連載講座で二見さんでなければ絶対しないような語り口を提示しています。そこには、たとえば僕のそれとはおおいにことなる、なるほど、二見さんの個性が現われているのです。

●憲法とヒロシマ

 憲法についての著作なのに、いったいどうして「ヒロシマ」が出てくるのでしょうか? それはちっともおかしくないと考える人も少なくないでしょう。いうまでもなく、ヒロシマはアジア・太平洋戦争で原爆の落とされた地です。日本国民が戦争ということをふり返るとき、沖縄や長崎と並んで、まずは思い起こす場所です。ですから、ヒロシマという地から、日本国憲法の九条の意味を問い直すということは十分に自然のようにもみえるのです。現に、ヒロシマという地から憲法を考えた本には、大江健三郎の『ヒロシマ・ノート』をはじめ、すぐれた本が少なくありません。私ごとになりますが、僕が大江さんのこの本を手にしたのは、僕が大学受験で浪人をしていた1965年のことでした。僕は、大江さんの『厳粛な綱渡り』や『ヒロシマ・ノート』を手に持って喫茶店に入り、たばこを手に本を開いて、いっぱしの大人になった気分でした。

 しかし二見さんにとって、ヒロシマにはそれ以上の独特の思いが込められているようです。というのは、ヒロシマは、神奈川生まれの二見さんが初めて労働者学習運動に携わった地でもあるからです。ヒロシマで原爆の被害に遭った人びと、また戦後ヒロシマに生まれ育った人びとにとって、ヒロシマは現にそこにあるものであり、逃れようもありません。しかし二見さんはヒロシマに生まれたわけではありません。二見さんにとってヒロシマは自ら選びとった場所なのです。

 もちろん、それに加えて、ヒロシマでの彼の経験や観察が彼の憲法観の内容に大きな刻印をしたということもあります。その意味では、彼にとって、ヒロシマは、二重の意味で重いものがあるといえるようです。この本での二見さんのヒロシマへの探求は、ヒロシマに生まれ育ってはいない日本人にとってのヒロシマへのかかわり方の、すばらしい例のひとつを示しています。

●運動のなかでの出会い

 僕が二見さんとはじめてあったのは、2002年9月、ヒロシマに講演にいったときでした。そのあと、彼から『いま君にできること』(学習の友社)という本を送ってもらいました。2004年6月のことです。

 ちょうど、その月、日本の憲法「改正」反対の運動に、ひとつの、しかし小さくない転機が訪れました。加藤周一さん、大江健三郎さんたち九人の呼びかけで、「九条の会」が発足したからです。それからというもの、僕は今までにも増して、憲法「改正」、とくに九条「改正」に反対する集会などで各地を飛び回らなければならなくなりました。なんでこんなに、という気持にもなりましたが、僕より一回り、二回り齡を重ねた人びとががんばっているんだから仕方ないか、と歯を食いしばる思いでまわっています。

 きっと二見さんもそうだったのでは?と推測します。二見さんの講演や活動でも、このころから憲法のことが中心に座りはじめたのではなかったでしょうか。僕が二見さんに再びお会いしたのは、2007年6月9日、またしても「九条の会」の講演会においてでした。

  「九条の会」は、2009年6月で結成から5周年を迎え、全国の「九条の会」は7300を超えています。こうした営みが、憲法九条に対する国民の意識を再び変化させつつあります。二見さんも僕も、そんなたくさんの人々の運動の端っこにかかわっているという連帯の気持があります。
 この連載講座を機に、憲法「改正」に反対する運動が、新しい昂揚をみることを願っています。また、この講座が多くの市民たちの手に渡り、読まれ、検討され、彼ら、彼女らが改憲反対に向かって新たな一歩を踏みだす契機となることを期待しています。

         2009年5月3日 62回目の憲法記念日に


花束.




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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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