パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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フォイエルバッハ論(4) 体験的・古典の修行

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●俗物根性とは

前回、説明をし忘れたところから入ります(58ページ)。

よく質問のでるところです。それは「俗物の弁髪」「俗物根性」とは何か?ということ。弁髪(べんぱつ)とは、もともとアジア北方民族の髪型で頭を剃って後ろ髪だけをそり残して、縛り上げる髪型のことです。いわゆるおさげ髪で英語ではpigtail(ぶたのしっぽ)。しかし、ヨーロッパのそれは中国風のとはちょっと違います。

辮髪
(↑こんな感じ)

俗物性が残っていた、ということでしょう。「俗物根性を完全には抜け出せていなかった」というのも同じ意味。「俗物性」「俗物根性」とは、「知識・教養をひけらかす見栄張りの気取り屋」といったことです。なにしろ二人とも博学でしたから、分からないわけではありません。にもかかわらず、エンゲルスは、「オリンポスのゼウスのような存在」(全知全能の神)と評価しています。
 
●ヘーゲル学派の分裂過程

ヘーゲル哲学には、懐(ふところ)の深さがありました。だから、「きわめて多岐にわたる科学に入り込み、大衆文学や日刊新聞にも浸透したので」す(61ページ)「ヘーゲルの全学説は……さまざまにことなる実践的党派の見方を受け入れる十分な余地を残していた」。
 「だが、全戦線におけるわたるこうした勝利は、内部闘争の序幕にすぎなかった」

だれもかれもが、ヘーゲル主義者のように思われたその背後に「分裂」が始まろうとしていたということです。その当時のドイツにとっての「内部闘争」の火種は、宗教と政治にありました。

ヘーゲルの体系に重きを置いた人びとは、保守的となり、弁証法的な方法に核心をみた人びとは革新派(ヘーゲル左派あるいは青年ヘーゲル学派)となったのです。しかし、その青年ヘーゲル派のなかでも「学派内部における分裂がますます顕著」(62ページ)となりました。表面上は哲学的争いのような装いで、その本質は「伝来の宗教(キリスト教)と現存する国家」に対してどのような態度をとるか、についてです。政治闘争が宗教闘争のかたちで行われている。

キリスト教は、人びとの日常生活のなかにひろがっていいました。また、「神聖同盟」は、ヨーロッパの保守主義の中心的イデオロギーは正統主義(王朝主義)がキリスト教の正義・友愛の精神の名の下に結ばれています。

※「神聖同盟」……1815年、三つの保守大国であるロシア、オーストリア、プロイセンが結んだ同盟。キリスト教の正義・友愛の精神の名の下に絶対主義的な保守反動政治のために結んだ。

「正統主義」……フランス革命前夜における主権者が、かれらの君臨していた正統な保有者だという考え。

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ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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