パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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空想から科学へ(17) 体験的・古典の修行

●社会的生産力と利潤追求の矛盾

資本主義のもとで生産力は発展して行きます。しかし、その「一方では、資本主義的生産様式にはこれ以上これらの生産力を管理してゆく能力のないことが、実証される」(101ページ)。

福島原発であれだけの事故が起きながら、なお再稼働させようとする大企業の姿がそれです。すべては自分たちを含めた原発ムラの利益しか考えていません。

野口勲さんの『タネが危ない』(日本経済新聞出版社)という本を読みましたが、最近売られているタネ、そして私たちが食べている野菜(そして花も)のほとんどがF1(First final generation)というもので、実(み)はなるけれども一代限りでタネが取れない。毎年、タネを買い続けないといけないようにするためです。こういう野菜を食べ続けて身体にいいはずがありません。

世界の種子会社ランキングをみると上位10社で種子市場の67%を支配しています。日本のサカタやタキイがそれぞれ8位と10位にランクインしています。これら種子会社の利益のために食物まで変えられてしまっているのです。まさに利潤のためには手段を選ばず。恐ろしいことです。

「世界の貧困」は一定改善されましたが、それでも一日1.25ドル未満で生活している人たちは14億人(27%)もいるのです(国連の年次報告による)。その一方で、アメリカのフォーブズという雑誌の2012年版によると世界で10億ドル(約800億円)以上の資産を持つ「長者」は1226人。うち、日本人は24人です。

●社会的生産力の「資本」からの解放

「他方では、これらの生産力そのものが、この矛盾を『乗り越える』よう、つまり、生産力を資本という性質から解放し、社会的生産力としてその性格を実際に承認するよう、ますます強くせまるようになる」(101~2ページ)


「資本という性質」とは、かんたんにいえば、資本家による利潤の追求ということです。

「社会以外のなにものの指揮の手にもおえないほどに成長した生産力を、社会が公然と、直接に掌握することによってしか、おこなうことはできない」(106~7ページ)


「社会的生産力」「社会の指揮」「生産力を、社会が掌握する」とはどういう意味でしょう。

「社会」とは、人びとのことです。「協同社会に結合した生産者」(108ページ)ともいっています。人びとが、話しあい、協力・協同しながらものをつくり、それを一部の人たちの利益のためでなく、みんなのために使う。儲けのための生産から、みんなが必要なものとサービスのために働くことです。

「社会的生産を手段として、物質的に完全にみちたりて日ましに豊かになってゆく生活を保障するだけでなく、さらに社会の成員の肉体的および精神的素質の完全に自由な発達と発揮とを保障するような生活」(115ページ)が実現します。


●プロレタリア革命 

豊かな暮らしと自由な発達を手にするためにどうしたらいいのか。

「プロレタリアートが公権力を掌握し、この権力を用いて、ブルジョアジーの手からすべり落ちてゆく社会的生産手段を、公共の所有に転化する。この行為によってプロレタリアートは、生産手段をその従来の資本という性質から解放し、生産手段の社会的性格に、自己を貫徹する完全な自由を与える。あらかじめきめられた計画にもとづく社会的生産が、いまや可能になる」(120ページ)

「ブルジョアジーの手からすべり落ちてゆく」という表現が意味深いですね。無理やり奪い取るのではなく、資本家たちが「観念」(あるいは納得)して手放す段階がくるのだと思います。「生産の発展は、いろいろな社会階級がそれ以上存続することを、時代錯誤とする」(120ページ)。


労働者が中心となって自分たちの政府をうちたて、生産手段をみんなのものにするのです。

日本共産党の綱領には「生産手段の社会化は、生産と経済の推進力を資本の利潤追求から社会および社会の構成員の物質的精神的な生活の発展に移し、経済の計画的な運営によって、くりかえしの不況を取り除き、環境破壊や社会的格差の拡大などへの有効な規制を可能にする」と述べられています。

エンゲルスは『空想から科学へ』の最後を次の文章で締めくくります。

「こういう世界解放の事業を遂行することが、近代プロレタリアートの歴史的使命である。この事業の歴史的諸条件と、したがってそれの本性そのものとを究明し、こうして、行動すべき使命をおびた今日の被抑圧階級に、彼ら自身の行動の諸条件と本性とを理解させること、これが、プロレタリア運動の理論的表現である科学的社会主義の任務である」(121ページ)


世の中を変えるのは労働者階級の歴史的使命であり、科学的社会主義は、その労働者の力を引きだすことが任務なのです。

(「空想から科学へ」おわり)
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ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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