パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

Category: 体験的・古典の修行   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

空想から科学へ(14)  体験的・古典の修行  

●資本主義の根本矛盾 

全回も紹介したように「社会的生産と資本主義的取得とがあいいれない」ことを、資本主義の根本矛盾と呼んでいます。

 「生産手段と生産とは本質的に社会的なものになった。だが、それらは、個々人の私的生産を前提とする取得形態、したがって、各人が自分自身の生産物を所有し、それを市場にもちこむ場合の取得形態に従わせられる。生産様式はこのような取得形態の前提を乗り越えている※にもかかわらず、この取得形態に従わせられるのである。この矛盾が新しい生産様式にその資本主義的性格をあたえるのであって、この矛盾のうちに、現代の衝突の全体がすでに萌芽としてふくまれている」(87~8ページ。訳を一部変えている)



社会全体で富をつくりだすのに、その富は資本主義的に取得--すなわち一部のものがその大部分をわがものにする--される、ここにエンゲルスは資本主義の根本的な矛盾をみいだしたのです。

※私はaufhebenを「廃止」ではなく「乗り越える」と訳します。それはマルクスやエンゲルスがこの語をヘーゲルのそれを踏襲して使っていると考えるているからです(残念ながらマルクス・エンゲルスの著作の邦訳のほとんどが「廃止」という訳語をあてています)。

ヘーゲルはaufhebenについて、『小論理学』(岩波文庫)で「ドイツ語のaufheben(揚棄する)という意味が二重の意味を持つことに注意すべきである」として、否定的側面を「除去する」「否定する」という意味と肯定的側面を「保存する」という意味をあわせもっているというのです。(上巻、295ページ)。止揚、揚棄という訳語は意味が分かりにくい。

「自分で自分を吟味し、自分自身に即して自分の限界を規定し自分の欠陥を指示する」(同167ページ)という内容からして、「乗り越える」というのがふさわしい。哲学者の牧野紀之さんが「克服する」という訳語を提案していて、基本的にそれに賛成ですが、よりやさしく大和言葉で「乗り越える」がいいと私は考えます。

Comments

10 2017 « »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

アクセスカウンター
本を買うなら
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Archive

RSS