パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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空想から科学へ(9) 体験的・古典の修行

(8)の最後に「そしていまや,ヘーゲルの弁証法も乗り越えられるときが来た。それは何か?」と書きましたが、そのことに入る前に弁証法にとって大切な概念である「媒介」について説明しましょう。

●媒介のある対立とは

「形而上学者はものごとをもっぱら媒介のない対立のなかでのみ考える。肯定と否定とは絶対に排除しあう。原因も結果も同様にこわばって動きのとれない相互対立をなしている」(65ページ)



この説明をひっくり返せば、弁証法は「ものごとを媒介のある対立」としてとらえるということです。

「媒介のある対立」ってなんでしょうか?

「媒介」とは一般的には「仲立ち」を意味します。風が受粉させれば「風媒花」、ハチなど虫がなかだちすれば「虫媒花」。結婚式のときの媒酌人…。

しかし、ヘーゲルのいう「媒介」は、そういう意味から微妙にずれています。「仲立ち」は第三者、風とか虫とか仲人といった外部にではなく、対立そのもののなかにある、と考えている。

「媒介性」(Vermittlung)を「直接性」(Unmittelbarkeit)という言葉と対で使っています。肯定的側面はかならず「否定的側面」と結びついて(媒介して)います。ある時点で原因と思われていたことは、一定の結果を生みだし、それが次なる原因になる。

こういう相互に移りゆく関係、肯定は否定によって、原因は結果によって媒介されるというんですね。「失敗は成功のもと」という言い方があるでしょう。失敗は失敗なんですが、それがなぜ失敗したのかを究明することができれば、成功へと通じる。

ですから、弁証法的に考えるために大切なのは、物事を一面的に見ないことです。実験や実践が成功したときには、その成功を喜びつつも、問題はないのかを考える。失敗したときには、全否定するのはなく、成功へ導くヒントを見つけだそうとすることです。

●山は海の恋人

『鉄は魔法つかい』(畠山重篤著・小学館)という面白い本を読みました。

畠山さんは、宮城県の気仙沼でカキの養殖をしている漁師です。1989年から「森は海の恋人」というキャッチフレーズで、気仙沼湾に流れる大川上流の山に木を植える運動を続けています。

漁師さんがなぜ山に木を植えたのでしょうか? カキのえさとなるのは植物性プランクトンです。この植物性プランクトンの育ちが実は山と関係があるのです。

1970年頃から、赤潮が大発生し、魚や貝がとれなくなりました。海の環境が悪くなっていったのです。「ゆたかな海に流れこむ川の流域には必ず森がある」。海の環境悪化の森の荒廃と繋がっていたのです。森と海を繋いでいるのは川、そして水です。

豊かな森は、たくさんの腐葉土ができますが、そのときに「フルボ酸」という物質ができるんだそうです。雨水とともに染み込み、地中へ流れ、鉄分を溶かし込む。水に溶け込んでいる微量の鉄分が、プランクトンの成長に大きな役割を果たすことを畠山さんはつきとめました。

鉄が海と森の「媒介」をなし、魚介類を育てる「魔法使い」というわけです。

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ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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