パンとともにバラを

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空想から科学へ(6) 体験的・古典の修行

第2章 弁証法的なものの見方

●べんしょうほう・けいじじょうがく

第1章「空想的社会主義」と第3章「科学的社会主義」の間にはさまれた、第2章は、『空想から科学へ』の秘密を解くカギです。空想的な思想から科学的な思想へと社会主義を転回させた「軸」は何なのか? それは「弁証法的な、ものの見方・考え方」にあります。

いまから20年近く前、とある組合の学習会。

「今日は『べんしょうほう』について学習します」
「それは、PL法ってやつですか。きちんと物を作らないと弁償するという」
「いえいえ、それは『製造物責任法』」

そう答えて苦笑してしまいました。本当にあった話。
 
「弁証法」って世間ではほとんど使われない。哲学の専門用語です。おまけに法までついているので法律かと思ってしまう人もいるわけです。「弁証法」というのはDialektik(独)の訳語で、「対話」(Dialog英語はダイアローグdialogue)が根っこにある。法というのは法律ではなく、方法、法則の法なのです。

「理(ことわり・ロゴス)がそれ自身で、問答(対話)の力によって把握する」(プラトン『国家』岩波文庫、下巻90ページ)。


 対話(相談といってもいい)すると、自分一人では気づかなかったことが分かって理解が深まることがあるでしょう。これが弁証法のルーツ(根源)なんです。
 
 テキストを読んでみましょう。

 「一八世紀のフランス哲学とならんで、またそれにつづいて、近代のドイツ哲学が生まれ、それはヘーゲルによって完結されていた。近代のドイツ哲学の最大の功績は、思想の最高形式としての弁証法をふたたびとりあげたことである」(ビギナー版61ページ/古典選書版47ページ)。



「ふたたび」ということは、最初に取り上げた人々がいるということで、それがすぐ後に出てくる「古代ギリシャの哲学者たち」です。

 「(彼らは)みな生まれながらの、天性の弁証家であった。そして、彼らのうちのもっとも幅のひろい学識の持主であったアリストテレスは、すでに実際に弁証法的思考のもっとも根本的な諸形式を研究していた。これに反して近世哲学は、……いわゆる形而上学的な考え方にますますはまりこんでいった」



弁証法の反対の考え方が「形而上学」(けいじじょうがく)です。初めて学習する人はここで目をシロクロさせます。べんしょうほう?けいじじょうがく???。

 驚く必要はありません。形而上学という字は難しいのですが、意味は意外とかんたん。いろんな物のシロクロはっきりさせ、割り切ってしまおうという考え方です。「イエスかノーか。マルかバツか、はっきりしろ」という二者択一の考え方が形而上学なのです。

 注)さらに混乱させるようなのですが、天性の弁証家の代表として挙げられているアリストテレスの著作が『形而上学』(岩波文庫など)。一体どうなってるだと怒らないで下さいね。古代ギリシャでは、今日では「哲学」をあらわすフィロソフィア(英philosophy知を愛する)は「学問」一般を意味し,「形而上学」は哲学を意味していました。シロクロはっきり割り切ってしまう、ものの見方のレッテルとして「形而上学」を使ったのはヘーゲルで、マルクス、エンゲルスもヘーゲルの用法にならっています。


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ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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