パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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空想から科学へ(3) 体験的・古典の修行

●「科学的」とは

日本語の「科学」は、狭い意味では自然科学を意味し、広い意味では社会科学も含まれます。「科」とは「一定の基準を立てて区分した事柄の一つ一つ」(広辞苑)のことです。内科、外科、耳鼻咽喉科の「科」。ですから「科学」とは、個別専門分野の研究を意味しています。

ところが「空想から科学へ」で「科学」と訳されているドイツ語は、Wissenschaft(ヴッセンシャフト)です。科学というよりは「学問」に近い(Wissenは知識)。Wissenschaft der Logikはヘーゲルの「論理学」の原題。

総合的で体系的、事物の生成・発展・消滅をとらえる生き生きとした学問がヘーゲル哲学の特徴であり、マルクスの「科学的社会主義」はそういうヘーゲルを受け継いでいます。「空想から科学へ」の「科学」は、ヘーゲル哲学をふまえた社会主義という意味なのです。

ボクは以前、次のように科学とは何かを説明したことがあります。

科学的であろうとすることは「現実から出発すること」と「現実へ働きかけること」を統一して追求することです。人間が自然や社会に目的意識的に働きかける。しかし、目的通りの結果がえられるとは限らない。むしろ失敗の連続です。失敗したら、その原因を考える。成功しても、やはりその原因を探りだす。そうやって科学は確かなことを広げ、それを法則や理論としてまとめてきたのです。

できるだけ誤らないようにしながら、誤りつつ、誤りを訂正し、真理へ接近していくこと。この絶えざる過程が科学なのです。無条件に正しさを主張するのが科学なのではありません(『いま君にできること』学習の友社、58~9ページ)。



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ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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