パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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古典の学び方(3)

●学問は登山のごとし

 本居宣長は、古典学習を登山にたとえて、自らの学問論を「うひやまぶみ」(初登山)というタイトルにしました。初々(ういうい)しいの「うひ」に「山踏み」。
 宣長は言います。

「学問は、ただ年月長く倦(うま)ずおこたらずして、はげみつとむるぞ肝要にて、学びやうは、いかやうにてもよかるべく、さのみかゝはるまじきこと也、いかほど学びかたよくても、怠(おこた)りてつとめざれば、功はなし、又人々の才と不才とによりて、其(その)功いたく異なれども、才不才は、生れつきたることなれば、力に及びがたし、

されど大抵は、不才なる人といへども、おこたらずつとめだにすれば、それだけの功は有ル物也、又晩学の人も、つとめはげめば、思ひの外功をなすことあり、又暇(いとま)のなき人も、思ひの外、いとま多き人よりも、功をなすもの也、されば才のともしきや、学ぶことの晩(おそ)きや、暇(いとま)のなきやによりて、思ひくづをれて、止(やむ)ることなかれ、とてもかくても、つとめだにすれば、出来るものと心得べし、すべて思ひくづをるゝは、学問に大にきらふ事ぞかし」


(訳)学問は、ひたすら長い年月を飽きたり怠けたりせず、励み努力することが大切で、学び方はどのようであってもよく、それほどこだわらくていいいのです。どれほど学び方がよかったとしても学ぶのを怠けて努力しなければ、成功できません。またその人に素質があるかないかで、その業績の度合いは大変違いますが、素質のあるなしは、生まれつきのことですから努力してもどうしうようもない(ようにみえます)。 

しかし、たいていは素質のない人であっても、努力し励んでいれば、意外と業績を残すこともあるのです。また忙しくて時間のない人も、案外、暇のある人よりも、業績を残すものです。したがって、素質がないことや、学び始めるのが遅かったこと、時間がないことを理由に学問への思いを断念して、やめるようなことがあってはいけません。ともかく、努力さえすればできるのだと心得なさい。何事にしろ気落ちし、あきらめることは、学問にとって大変好ましくないのです。

 学問は果てしなく続く山行。登ったとおもったら、次の山が見え、下り、また登る。だから、倦まず怠るな!と私たちを励ましています。

 まずは『空想から科学へ』に登ります。さあ、一緒に学びましょう。

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ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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