パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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古典の学び方(2)

●習うより慣れろ

訓練ですから、だれでもこつこつやれば身につきます。一回、しかもちょっとだけ読んで投げ出すのはだめ。そう、修行がいるんです。スポーツでも音楽でも最初から上手くできたり、上手く弾けたりということはない。みんな始めは初心者で、段々と技量を身につけていくのです。学習もまったく同じ。頭がいいとか悪いとかいうことは関係ないのです。

江戸時代(18世紀)の国学者、本居宣長は、古典の読み方の極意を次のようにのべています。

「初心のほどは、かたはしより文義を解せんとはすべからず、まづ大抵にさらさらと見て、他の書にうつり、これやかれやと読ては、又さきによみたる書へ立かへりつゝ、幾遍(いくへん)もよむうちには、始めに聞えざりし事も、そろそろと聞ゆるやうになりゆくもの也」 


(訳)初心者は、始めから分かろうと思ってはいけません。まず、だいたいをさらさらっと見て、他の本に移って、あれこれ読んで、先に読んだ本にたちかえればいい。何度も読むうちに、初めには分からなかったことも、だんだん分かるようになってゆくものなのです。
 
その詳しい説明があとでまた出てきます。

 「初心のほどは、かたはしより文義を云々。
 文義の心得がたきところを、はじめより、一々に解せんとしては、とどこほりて、すゝまぬ ことあれば、聞えぬところは、まづそのまゝにて過すぞよき、殊に世に難き事にしたるふしぶしを、まづしらんとするは、いといとわろし、たゞよく聞えたる所に、心をつけて、深く味ふべき也、こはよく聞えたる事也と思ひて、なほざりに見過せば、すべて細まかなる意味もしられず、又おほく心得たがひの有て、いつまでも、其(その)誤リをえさとらざる事有也、」


 (訳)「初心者のうちは、始めから分かろうと〔思ってはいけない〕」と書いたことについてですが、文の意味が分からないところを始めから、一つひとつ分かろうとしては、滞り、進まないことがある。分からないところは、まずそのままにしてやり過ごせばいいのです。特に難しいところを、まず知ろうとするのは、大変よくありません。
 よく分かるところこそ注意して、深く味わうべきです。よく分かっていることだと思って、いいかげんに見過ごすと、細かいところも全く意味も分からず、間違った理解があっても、その誤りに気づかないのです。

(「うひ山ぶみ」、本居宣長記念館ホームページより。現代語訳は二見)

 マルクスやエンゲルスの著作を読むのもまったく同じ。分からないことを気にしないこと。最後まで読み通すこと。そして、何度でも繰り返して読むこと。あらゆる学習の極意なのです。

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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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