パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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集団的自衛権って何だ?(2)

自衛権の秘密

●自衛権はどうして生まれた

集団的自衛権は自衛権を拡大、変化させたものです。

自衛権という考え方が生まれたのは20世紀に入ってから。今から100年ほど前に考え出されたのです。自衛権というのは自衛の名の下に戦争する権利。

19世紀までは戦争そのものが当然の権利だったので、自衛権という考え方など必要ありませんでした。

日本を例にとりましょう。

19世紀末、日清戦争(1894~95年)で「勝利」した日本は、清国から領土を奪いとり、植民地にします。そのうえ賠償金を3億円を支払わせました。戦争に勝った国が、領土も金も奪うのことは当たり前でした。侵略してもおとがめなし。

●戦争違法化のなかで

しかし、20世紀になると戦争は当たり前でなくなります。その大きな転機が第一次世界大戦(1914~18年)でした。科学技術の発展と戦争が結びつき、機関銃、戦車、戦闘機、潜水艦、火炎放射器、毒ガスなどの大量殺人兵器が登場します。

独立国59のうち33か国が参加し、900万人が戦死。この戦争の惨禍が国際連盟を生み出しました。

しかし、この国際連盟は十分に機能せず、再び戦争の暗雲がたちこめます。

そんななか、1927年、「戦争抛棄(ほうき)に関する条約」、通称「パリ不戦条約」が提案され、日本を含む15か国が調印。1938年には63か国(当時の独立国の9割以上)が署名しました。

第1条で戦争放棄を宣言し、第2条で紛争解決に武力を用いないことをうたっています。画期的な条約です。

●「自衛」のための戦争

しかし、この条約の産みの親、ケロッグは、米国国際法学会の講演で次のような留保をつけました。

「不戦条約の米国案は、いかなる形においても自衛権を制限したり損なったりしない。……各国は、いかなる場合にも、また条約の規定に関係なく、自国の領土を攻撃または侵入から守る自由をもち、また事態が自衛のための戦争に訴えることを必要とするか否かを独自に決定する権限をもつ」


このアメリカの立場にイギリスも同意します。以上の経過からわかるように、20世紀になって戦争の惨禍が激しくなり、戦争をなんとか食い止めようとする努力、戦争違法化の流れのなかで、それに逆らい戦争を継続するためにつくられた理屈が自衛権なのです。

2号Poplar_Memorial

(1917年ドイツ軍がロンドンに爆撃。死者162名・負傷者432名の被害を与えた。死者のうち46名は子供であり、彼らはポプラーの小学校に落下した爆弾によって命を奪われた。この攻撃による被害は第一次大戦中に行われた爆撃によるものしては最大。写真は児童の慰霊碑。碑文に「子どもたちは爆弾によって殺された」とある)
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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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