パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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日本維新・橋下徹共同代表 「はだしのゲン」閲覧制限撤回は教育委員会の独立性否定?

●閲覧制限撤回は教育委員会の独立性を否定?

日本維新の会の橋下徹共同代表は、「はだしのゲン」の閲覧制限撤回について、 「メディアが騒いで教委の決定を覆した。教委の独立性を完全に脅かした。独立性はいらないと言ったに等しい」と批判した。

 これはまさに現行教育基本法の線にそった発言である。
 現行の16条は「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない」となっている。ほんとうは「教育は…」ではなく「教育行政は…」としたかったのだが、国民の批判、運動によって「行政」の文字は入らなかった。

 橋下共同代表はまさにこの条文をその意図通りに「教育行政は不当な支配に服することなく」と読んでいるわけだ。また、朝日、毎日を表向き攻撃しているが、本当のターゲットは国民世論。国民世論や反対運動の意見を聞くことが「不当な支配に服する」ということなのだということも、彼の発言ははからずも示している。

●旧教育基本法の精神は

 日本国憲法のまっすぐ結びついている旧(1947年制定)教育基本法第10条では「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」となっていた。教育基本法の解説書(1947年刊)は10条が生まれた経緯と精神について次のように解説している(民主教育研究所から『いま読む「教育基本法の解説」』として2000年に復刻)。

「この制度〔戦前の学制のこと 二見〕の精神及びこの制度は、教育行政が教育内容の面にまで立ち入った干渉をなすことを可能にし、遂には時代の政治力に服して、極端な国家主義的又は軍国主義的イデオロギーによる教育・思想・学問の統制さえ容易に行われるに至らしめた制度であった。……このような教育行政が行われるところに、はつらつたる生命をもつ、自由自主的な教育が生まれることは極めて困難であった」

 「『教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立』というのは、先に述べた教育行政の特殊性からしてそれは教育内容に介入すべきものではなく、教育の外にあって、教育を守り育てるための諸条件を整えることにその目標を置くべきだというのである。『教師の最善の能力は、自由の空気の中においてのみ十分に現される。この空気をつくり出すことが行政官の仕事なのであって、その反対の空気をつくり出すことではない。』(米国教育使節団報告書)このような趣旨からして、視学の任務も従来のような監督指導ということから脱して『統治的または行政的権力をもたぬ、感激と指導を供与する、相談役と有能なる専門的助言者』というごときものにならなければならないと思う」(同)

教育行政は、教育内容に口出しすることなく、条件整備に専念しなさいというのが旧教育基本法の精神なのである。しかし、いま日本で進んでいるのは、教育内容に口出しし、条件整備はさっぱりという事態だ。旧教育基本法第10条へ立ち返ること求められている。
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ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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