日本政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」開催に反対する

歴史学研究会が、4月28日の政府主催「主権回復を記念する式典」に反対する声明を発表しました。

安倍晋三内閣は、2013年3月12日閣議において、サンフランシスコ平和条約が発効した日にあたる4月28日に「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を開催することを決定した。政府は、この式典が「完全な主権回復と国際社会復帰を記念し、平和と繁栄への責任ある貢献を確認するとともに、未来を切り開く決意を確固とする」意図で行われるものだと説明している。こうした式典構想の背景には、占領期に進められた民主化・非軍事化政策を過小評価し、占領期を「主権喪失」の時期と位置付けることで、憲法改悪と教育への政治介入を進めていくねらいがあるものと考えられる。この式典は、かねてから「主権回復の日」を祝日としようとしてきた自民党内の勢力が働きかけて急遽閣議決定されたもので、国民の支持を得ているとは到底いえない。更に、この式典が以下のサンフランシスコ平和条約をめぐる問題点を無視した上で行われようとしていることは絶対に看過できない。

 サンフランシスコ平和条約は、調印形式や構成国に関して問題点があった。この条約は、いわゆる全面講和論をはじめとする国民の批判を無視して結ばれている。さらに、日本の植民地支配や侵略戦争によって最も深刻な被害を与えた中国(中華人民共和国・中華民国)や朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国・大韓民国)の代表は会議の場に招かれておらず、社会主義国であったソ連など3カ国は調印を拒否している。本条約は平和条約として多くの課題を残すものであった。更に、こうして形成された国際秩序が、東アジアにおける戦争や対立を深めるものであったことも忘れてはならない。調印当時に国民の批判が無視されたこと、そして「国際社会への復帰」がアメリカ中心の西側諸国という限定的な枠内での復帰であったことを、この式典は無視しようとしている。

 サンフランシスコ平和条約は、日本の戦争責任・戦後責任問題を曖昧にさせ、日本とアジアとの関係に大きな禍根を残すものとなった。本条約では、アメリカが日本の経済復興とアジアの安全保障を優先したため、日本によるアジア諸国への賠償がきわめて軽いものとなっている。この内容について東南アジア諸国は強い不満をもっていた。具体的には、平和条約ではアジアの人々への金銭による賠償が認められていない。後に行われることになる東南アジア諸国への賠償も、経済協力などを主な内容とするものであり、日本にとって事実上の「貿易」であった。また、条約発効と同日には日華平和条約が締結されるが、これらはいずれも戦争責任・植民地支配責任という観点からみると極めて不十分で、今日に禍根を残すものであった。一方、中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国は承認すらされず、むしろ朝鮮戦争のなかで日本はその「侵略」を批判する側にまわることになる。これら一連の過程が、アジアの分断を生みだしたことを忘れてはならない。今回の式典構想は、サンフランシスコ平和条約や当該期の政治過程が、日本の戦争責任・戦後責任、そして植民地支配責任が曖昧にされる上で重要な契機となったことを無視するもので、アジアの人々が受けた戦争被害や、講和条約後も抱えることになった辛苦への理解・配慮が全くない。

 本土から沖縄、奄美群島、小笠原諸島を切り離した「主権回復」であった。沖縄、奄美群島、小笠原諸島は本土から切り離されて米国の施政権下に入ることになった。沖縄では4月28日を「屈辱の日」と捉えている。沖縄戦後、米軍によって多くの土地が奪われた沖縄は、4月28日以降、米軍による土地の強制収奪がさらに強行され、基地の島にされたからである。沖縄県民の声を無視して式典を強行する政府の対応には深刻な問題がある。

 サンフランシスコ平和条約の発効した4月28日は、安保体制を軸とした対米従属が始まった日でもある。サンフランシスコ平和条約は新たな条約による「外国軍隊の日本国の領域における駐とんまたは駐留を妨げるものではない」としていたため、日米安全保障条約が締結され、日本政府は米軍の駐留を容認することとなった。日米安保と在日米軍の存在は、アメリカの軍事戦略の一部を日本が担い、国民生活を危険にさらして現在に至っている。この式典は、沖縄をはじめ日米安保を基軸とする対米従属構造のなかで、重大な危険と負担を強いられている人々の存在を無視している。また、安倍内閣はオバマ政権からの圧力を受けて軍事力強化を進めようとしているが、これらの対米従属姿勢は、「主権回復」の本来の意味からは大いに矛盾をしている。

 サンフランシスコ平和条約の発効後、日本政府が旧植民地出身者への差別的な政策を進めたことも忘れてはならない。朝鮮・中国の代表が署名していないにもかかわらず、条約発効を根拠に通達により一方的に朝鮮人・台湾人の日本国籍喪失措置をとって無権利状態に置いた。さらに、条約発効と同日に制定公布された外国人登録法は、外国人を治安政策上の管理対象とする発想から初めて外国人登録法制に指紋押捺を設けた。また、国籍・戸籍条項により朝鮮人・台湾人は「軍人恩給」や「戦傷病者戦没者遺族等援護法」の対象から除外されることになった。後に旧軍関係者への恩給・給付金は増額されてゆくが、その反面、旧植民地出身者は援護から外され、極めて差別的な扱いを受けた。平和条約が旧植民地出身者への差別的な戦後補償の原点となったことを看過してはならない。

 以上のような問題点を無視し、安倍内閣が「主権回復の日」としてのみ記念しようとしていることは到底容認することは出来ない。歴史学研究会委員会は、世界と日本に暮らす人々の4月28日に対する複雑な心情を踏みにじり、人々の歴史認識を歪曲しようとする安倍内閣に強く抗議をし、式典の開催に反対する。


2013年4月1日
歴史学研究会委員会

→歴史学研究会声明
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