パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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歴史は繰り返す


約10年前、「永田町の失われた10年」というタイトルで書いた拙文。
いまの状況に似ているなあ。伊藤惇夫さんはコメンテーターとしてよくテレビにでている。

 
 いまからちょうど10年前の1993年8月9日、38年間続いた自民党の単独政権が崩壊。「自民か非自民か」が対立軸にしたてられ「非自民が新しい日本をつくる」と細川内閣が誕生した。この10年、「日本新党」「新生党」「新党さきがけ」「新進党」「太陽党」「国民の声」「新党みらい」「自由党」「民主党」、覚えきれないぐらい新党がつくられ、そしてそのほとんどが泡のように消えていった。

 そんな政党の興亡を描いた『政党の崩壊 永田町の失われた10年』(新潮新書)を読んだ。
著者の伊藤惇夫さんは、約20年の自民党本部勤務をへて新進党へ移り、太陽党、民政党、民主党の事務局長を歴任(?)し、5つの党の所属した「新党請負人」だ。
 メモをひもときながら書いたという本書は、新党づくりにかかわってきた当事者の証言としてなかなか興味深い。

 細川「非自民」政権は、10ヶ月で幕を閉じた。なぜ、失敗したのか、伊藤氏は「自民党を捨てきれなかった」からだと次のようにいう。「新たな政権を目指すものたちが、自民党を視野の中心に置き、自民党との距離感を測ることに終始している限り、結局、主役の座には常に自民党が座ることになる」(76ページ)。

 「非自民」政権が崩壊して、94年村山政権誕生。「あっと驚く」自社さきがけ連立政権だったが、一見対立関係のように見えた自民党と社会党が昔から「国対族」でつながっていたことを証言し、社会党こそが「崩壊寸前の状態に追い込まれていた自民党を蘇生させた『最大の功労者』」(90ページ)と皮肉っている。

 みずからが事務局長を務めた民主党についても、「政権獲得がほとんど唯一の結集軸」「一つの政党としてまとまったビジョンや国家観を提示できず、売り物となるのは政権獲得を目指す姿勢と『新しさ』だけ」で、その歩みは消え去った新進党ときわめて類似しているという。

 小泉政権についても「『構造改革』を旗印に誕生し、『自民党をぶっ壊す』と叫び、抵抗勢力とのバトルを演出し続けることで国民の期待を繋ぎとめてきた」が、「結局は『自民党的政治』の枠から一歩も踏み出せない」(19ページ)とバッサリ。

 そして、伊藤さんは「政党とは何か」と問い、みずから次のように答える。
 「政党は本来、国の政治と国民の意思との間を繋ぐ『パイプ』である。同時にそうした意思を体系的な政策として集約し、総合的、長期的な視野に立って、その実現を目指す政治家が、組織的に行動するための装置でもある」(196ページ)。
 まことにその通り。

 そんな政党が日本にもただ一つあるのだが、この本には全然、その政党は登場しない。著者が批判の俎上(そじょう)にあげなかった(あげられなかった)ことが、未来ある政党の証(あかし)なのだろう。


歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は茶番として…といきたいものだ。

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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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