パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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「毒をもって毒を制す」 原爆反対と原発

 広島、長崎に原子爆弾が投下され、甚大な被害を受けた日本。放射能の怖ろしさを世界で一番知っているはずなのに、なぜ54基もの原子力発電所があるのでしょうか。

 この素朴な疑問の答はやはり、アメリカです。

 1954年3月1日、アメリカはビキニ環礁で水爆実験をし、第五福竜丸の乗員が被爆。この事件をきっかけにして、全国各地で水爆実験禁止や原子兵器反対の署名運動がひろがりました。そして、55年に第一回「原水爆禁止世界大会」が開かれ、「日本母親大会」も始まったのです。

 アメリカに対する批判も当然高まりました。日本人の核に対する恐怖、批判(米国務省の当時の報告書は「日本人の過剰な反応」と書いています)をどう抑えこむのか。危機感をもった日米の支配層のたどりついた策が、「原子力の平和利用」でした。

 読売新聞社主、正力松太郎の懐刀であった柴田秀利(日本テレビの重役)は、アメリカ側のエージェント、ワトソンにつぎのように告げます。

 「日本には『毒をもって毒を制する』ということわざがある。原子力は両刃の剣だ。原爆反対を潰すには、原子力の平和利用を大々的にうたいあげ、希望を与えるほかはない」。

 アメリカも「心理戦略計画」を見直す必要を感じ、「日本では新聞を押さえることが重要だ」という結論に達します。55年1月1日から、読売新聞と日本テレビがタッグを組んで原子力の平和利用キャンペーンを開始。「明日では遅い」「なんの不安もない」「野獣も馴らせば家畜」と書き立てました。読売新聞社はアメリカから「原子力平和利用使節団」を招聘。その講演会を見開き二ページを使って特集し、日本テレビは娯楽番組を取りやめてナマ中継したのです。

正力松太郎は、のちにアイゼンハワー大統領にあてた手紙で「原子力平和利用使節団の招聘は、日本での原子力に対する世論を変えるターニングポイント(転換点)になり、政府をも動かす結果になりました」と自慢しています。

このような経過が示しているように、アメリカの核戦略を支えることが原発をつくる最大の目的なのです。「原子力は怖くない」と思わせるために原発はつくられ、稼働してきました。しかし、「事実は頑固」であり、「本質は現象する」のです。今回の福島原発の事故によって、原子力発電がけっして安全でないことを明らかにし、恐怖を与え続けています。 原発を推進してきた歴代政府、電力会社とともに読売新聞と日本テレビの罪は重い。
 そして、かれらを背後で操っているアメリカも。

(参考)NHK現代史スクープドキュメント「原発導入のシナリオ 冷戦下の対日原子力政策」1994年3月28日放送 

          (広島県労働者学習協議会「一粒の麦」183号に掲載)
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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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