パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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憲法学の泰斗 星野安三郎さん亡くなる

星野安三郎
(「住基ネット差し止め訴訟を支援する会」のホームページから借用)

星野 安三郎さん(ほしの・やすさぶろう=東京学芸大名誉教授、立正大名誉教授・憲法学)が3月13日死去した。88歳。葬儀は近親者で行った。連絡先は、神奈川県小田原市城内1の13の新名学園私学教育研究所(0465・23・3787)。

 平和的生存権を提唱したとされ、護憲運動や憲法教育に取り組んだ。


asahi.com より。

 星野先生にお会いしたことは一度もないのですが、ボクの憲法学び直しのなかで、一番影響を受けたのが星野先生の著作でした。

 古関 彰一さんとの対談『日本国憲法 平和的共存権への道』(高文研)を読んで眼からウロコ。


日本国憲法 平和的共存権への道―その世界史的意味と日本の進路日本国憲法 平和的共存権への道―その世界史的意味と日本の進路
(1997/02)
星野 安三郎古関 彰一

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 平和的生存権をたんに「平和のうちに生きる権利」ととらえるではなく、「恐怖と欠乏から免れ」という文言を重視して、「圧政の恐怖から免れて自由に」、「欠乏から免れ豊かに」ということと分かちがたいものとして「平和に生きる」権利を理解しています。いわば三重構造として平和的生存権をとらえ、その方向で新しい社会を展望しているのです。

 「いろはにこんぺいとう」に書いた該当箇所を下記に掲載します。

 「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」と書かれています(そのもとになる考えは1941年の「大西洋憲章」にあります)。

 この「平和に生きる権利」というのは、戦争がなければいいということではありません。「恐怖と欠乏から免かれ」という非常に短い文が大切で人権の歴史が実は集約されているのです。

「恐怖からまぬがれる」というのは、圧政の恐怖から免れるということ。圧政というのは国民いじめのひどい政治のことです。ひどい政治の恐怖からまぬがれて自由に生きる、という「自由権」が、「恐怖からまぬがれる」という言葉の中にふくまれているのです。

この自由権は18世紀に起きたフランス革命で世界で初めて宣言されました。

そして、「欠乏からまぬがれ」るということは、貧しさからまぬがれて、豊かに生きるということです。これはどこが一番最初に宣言したかというとドイツ、ワイマール共和国です。1917年にロシア革命がおきて、8時間労働制や社会保障など、国民が豊かに生きるための施策が行われました。このロシア革命の影響をもろに受けたのが、近くにあったドイツ。このドイツで、ロシア革命から2年後に革命がおきます。ワイマール共和国という政府ができたのです。この共和国の憲法、ワイマール憲法が、豊かに生きる権利、今の25条にたどりつく考え方を、世界でまっ先に提起しました(「すべてのものに人間たるに値する生活を保障する」ワイマール憲法151条)。

そして、三番めにくるのが、日本国憲法が世界で最初に提起した「平和的生存権」「平和に生きる権利」です。
ですから、平和的生存権というのは、単に戦争がない状態を意味しているのではなく、「自由で豊かで平和に生きられる世の中」に生きる権利のことなのです。そして、それが日本人だけにあるなんていうケチなことは言わない。「全世界の国民」に、そういう世の中で生きる権利があるんだと宣言したのです。日本国憲法は「一国平和主義」で、日本が平和であれば、他国のことはどうでもいい、なんて悪口を言う人がいるけど、とんでもありません。

 戦争は、平和を奪うだけでなく自由と豊かさも奪います。

 戦前・戦中の日本がまさにそうでした。まず、自由がない。学習会には、おまわりさんが座っている。そして、「こんな世の中はダメです、変えましょう」なんて言ったら「解散」を命じられてしまうのです。「戦争中もけっこう自由があった」なんて言う人がいますが、それはお上の許す範囲内でのこと。体制に逆らわない限りでの自由であり、批判することは許されない社会でした。その証拠が「伏せ字」です。
伏せ字とは「××」というもの。マルクス主義の文献は、ほとんど伏せ字だらけ。手元にある『ドイツ史』(改造文庫)という本の一部を紹介するとつぎのような惨状です。

深淵に顛落した挙句意識を失つたプロレタリアートは、その××××××××××××××××に生ぜしめられたこと、そうして××××××××××××××××××され得るものであることを、未だ認識する能力が無かつた。

 この本は第二次大戦後、『マルクス主義の源流』(徳間書店)と改題されて復刊されます。該当個所は次のとおり。

 深淵に落ちたあげく意識を失ったプロレタリアートは、その窮乏が支配階級の利益のために人為的に生みだされたこと、そして支配階級の利益との闘争においてのみ除去できるものであることを、まだ認識する能力がなかった。

 この程度の内容が削除するよう命じられたのです(1)。

 そして「豊かさ」も否定されました。それは政府の作ったスローガンにあらわれている。「欲しがりません。勝つまでは」「ぜいたくは敵だ」「パーマネントはやめましょう」。

 女性がパーマをかけることさえも否定される。日本の戦時中とは、そういう世の中だったのです。

 ですから、この平和的生存権は、戦争さえなければいい、ということにはならないのです。世界じゅうの人びとが人間らしく、自由で、豊かに平和な社会に生きることが保障されなければならない、と日本国憲法は考えている。平和的生存権は三重構造なのです(2)。


1)訳者の栗原佑さんは本書出版の経緯を次のように書いている。
「この訳書ははじめ1936年8月、改造文庫の一冊として出版された。それはおびただしい××にみたされ、数か所は1ページ以上も××(さる大学教授は当時これを奴隷制度のバッジと評した)で蔽われて世に出た。それから6年、1942年、この訳行はH.ハイネの《ドイツ宗教・哲学史考》やG.ブランデスの《ゲエテ》の訳書とともに、共産主義的文書宣伝活動なりとされ、訳者は治安維持法によって起訴され、6年の懲役刑に処せられた」(『マルクス主義の源流』5ページ)

2)星野安三郎『平和に生きる権利』(法律文化社)、星野安三郎・古関彰一『日本国憲法 平和的共存権への道』(高文研)

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ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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