パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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くまもとボランティア日記(2)

14日(火)快晴  ときおり涼しい風が吹くが最高気温30℃

今日は、一回目の地震で倒壊したお宅の解体作業を手伝いました。

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重機が建物を少しずつ壊し、ボクら、チーム広島がテレビや仏壇など家財道具を運び出します。

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実印など探していたものを見つけると、大変喜んでいただき、ボランティアにきて良かったと思います。

2ヶ月前の夜9時半ごろ、一回目の震度7が襲い、奥さんは5歳の息子さんを風呂に入れていました。

建物は倒壊し電気も切れ真っ暗。息子さんは激しい揺れでどうやら湯船のなかから放り出されたようです。慌てて子どもを掴みましたが、天井が落ちて脱出できない。一時間後に助け出され、家族全員無事だったそうです。

さまざまなものを運び出しながら、壊されたのは、建物というより、暮らしなのだと思いました。

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午後も引き続き、同じお宅で家財道具の救出です。

午前中は2階の物を運び出しましたが、午後は1階。

重機が天井の太い梁と2階の床を上手に剥がし、1階の物がガレキとともに見えてきました。

ここはおばあちゃんの部屋だったそうで、おばあちゃんも避難所からやってきました。なんと91歳。

1階の物はほとんどダメなのではと思いましたが、そうでもありません。

ミシンが無傷でみつかりました。隣に金庫があったので、そのおかげで潰れることもなく、また雨がしみこんでもいませんでした。このミシンで袋物をつくっていたそうで、その作品もすこし土埃がついていましたが、ほぼきれいな状態で発見しました。

 「大変だったですね」と声をかけると、「91歳まで生きてきたので、いつ死んでもいいと思っていたが、死にたくない、助かりたかったです」とおばあちゃん。

 「せっかく命拾いをしたのですから、100歳まで生きて下さいね」とボク。

リクエストに応えていろいろ発掘しましたが、作業終了間際に「おばあちゃんの貴重品の入っている袋があるはずなのでそれを探して欲しい」と奥さんに言われて、必死にさがすと、それらしき袋を発見。

おばあちゃんに「これですか?」と聞くと「そうです」という返事。手を合わせて拝まれました。

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作業を終えて帰るとき、見送ってくれたおばあちゃんは涙を流していました。

そこまで喜んでもらえて、こちらも感激です。来てよかった。


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くまもとボランティア日記(1)

6月13日(月) 雨のち晴れ
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朝7時、東区の県労連を出発。熊本震災支援のために広島県災対連によって集められた「チーム広島」の精鋭12人。60代3人、50代6人、40代2人、30代1人で、いささか平均年齢が高いものの、労働組合をはじめ組織運動で鍛えられていますので団結力に秀で、集団の力を発揮して、ことにあたりました。

高速を降り熊本市内に入るとブルーシートを屋根に被せている家が目立ちます。

最も被害の大きい益城(ましき)町を視察。

陸前高田市へボランティアに行ったときも思いましたが、テレビの映像と実際はだいぶ違います。崩れた家の多さに絶句。 東海大学の学生アパートと同じように、1階がぺしゃんこになっている建物も少なくありません。

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今日は熊本市内での荷物をアパートの3階から冷蔵庫や洗濯機などを運びだして届ける作業。12人もいるので、あっという間に終了しました。

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明日は、もっとも被害の大きかった益城町での作業。何をするかは行ってみないと分かりません。

今日、案内してくれたのは、熊本県労連などでつくる支援センターの菅原さん。いろいろ詳しいので地元の人かと思いましたが、なんと宮城県からきたボランティアで、まだ5日目だといいます。

安全に気をつけ、少しでも役に立てるよう頑張ります。

いい天気になりそうですが、最高気温、30℃、熱中症に御用心です。

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参議院選挙で問われるもの 2016年6月21日

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参議院選挙の候補者でない私が、ハンドマイクを持って街頭で訴えることができるのは公示前日の今日、21日までです。

5月15日から今日まで126回演説し、5月24日に、その時点での演説原稿をアップしました。

さまざまな人からアドバイスとダメめ出しをいただき、演説内容はほぼ同じですが、細部がいろいろ変わっています。

声に出して読むと、違いが分かると思いますよ。格段に話しやすくなっています。

参議院選挙勝利にいささかなりとも貢献できればいいのですが。

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ご町内のみなさん、こんにちは。 こちらは日本共産党です
 
この場をお借りして目前に迫った参議院選挙の訴えをさせていただきたいと思います。私は、日本共産党・府中町政策委員長の二見伸吾でございます。どうぞ、よろしくお願いしたします。

みなさんは安倍政権についてどのように思っていますか?多くの方が「これは危ない」「余りにひどい」と感じているのではないでしょうか。

日本共産党は、今度の選挙で安倍政権の暴走をストップさせるために、「参議院で与野党逆転を」と頑張っています。

全国で1人区が32ありますけれども、その全てで野党統一候補が決まりました。

ここまで野党共闘が進んだのは、何といっても市民の力です。みんなの力をあわせれば政治は変えられます。

どうか、参議院選挙では、国民の立場で一貫して頑張る日本共産党へのご支援を、まずお願いいたします。

みなさん

今度の参議院選挙では、大きく言って2つのことが問われています。

一つ目は、安保法制、戦争法の問題です。 この法律をそのままにしておきますと3つことが問題になります。

第1に、自衛隊が、海外で殺したり、殺されたりするようになります。

戦争法の中心は、集団的自衛権です。攻められてもいないのに、アメリカと一緒になって、よその国へ行って戦争する。アメリカ軍の身代わりに、日本の自衛隊員、若者の命を危険にさらすことを許してはなりません。

第2に立憲主義が壊されています。

立憲主義、最近テレビなどで聞かれるようになりましたけれども、政治は憲法に基づいてしなければならない、憲法に反する法律をつくってはいけないということです。

しかし、安倍首相は憲法などおかまいなし、自分の好きなようにやる。憲法を守って政治をするつもりがまったくありません。

第3に、安倍首相は、今の憲法を変えようとしています。

自民党の改憲案は、頭からお終いまでひどい内容ですけれども、とりわけ危ないのが緊急事態条項

戦争や大きな災害が起きたときには国会を開かなくていい、法律もいらない、選挙もしなくていいと書いてある。国会と国民そっちのけで自分たちのいいように国を動かす。これが独裁政治でなくなんでしょうか。

アジアで2000万人もの人々を殺し、ヒロシマ、ナガサキ、沖縄など、おびただしい犠牲、たくさんの苦しみと哀しみをへて、二度と戦争はしないと誓った日本国憲法。安倍首相は、この憲法が邪魔で、とりかえたい。

自由にものの言えない、「欲しがりません、勝つまでは」「ぜいたくは敵だ」と言わされた、あの戦争の時代に後戻りすること、決して許してはなりません。

みなさん

参議院選挙で問われる二つ目の大きな問題は、「暮らし」を守ることです。

アベノミクスが始まって3年。みなさんの暮らし、良くなったでしょうか?良くなっていませんよね。

大企業を応援すれば、いずれは家計に回ってくる、いずれは地方へ回ってくると、国民の暮らしそっちのけで大企業を応援してきた。これが間違いのもとなんです。

安倍首相は、アベノミクスのエンジンをもっとふかすと言っていますけれども、欠陥車のエンジンをふかしたら車は爆発し、日本経済は文字通りの「火の車」になる。アベノミクスという欠陥車はリコールして、スクラップ工場に送るしかありません。

みなさん

では、どうやったら私たちの暮らし、よくすることができるでしょうか。

日本共産党は、3つの提案をしています。1つ、税金の集め方を変える、2つ、税金の使い方を変える、3つ、働き方を変える。この3つを変えて暮らしをよくします。

第1に、税金の集め方です。ここへ来て安倍首相、消費税引き上げを延期しましたけれども、景気の腰折れになるというのなら、延期ではなく消費税10%きっぱり中止すべきです。

不公平税制や無駄遣いをなくし、タックスヘイブンなど課税逃れをやめさせれば20兆円の財源を生みだすことができます。大企業と大金持ちに応分の負担をしていただきましょう。

第2に税金の使い方です。福祉と暮らし優先に切り替えます。医療と介護の負担を減らします。高すぎる大学の授業料を国公立も私立も10年間で半額にし、返さなくていい奨学金をつくります。税金を思い切って福祉と暮らしのために使います。

第3は働き方です。ブラック企業、ブラックバイトをなくし、非正規から正社員への流れをつくります。最低賃金をいますぐ時給1000円にし、1500円をめざします。

大企業応援から国民の暮らし最優先へと経済のあり方、大きく変えていく。日本共産党の躍進こそ、この改革を実現する大きな力になることを強く訴えたいと思います。

みなさん

日本共産党府中町支部は、みなさんのお宅にアンケートをお届けしましたけれども、切実な声、たくさん寄せられています。

「道路や歩道のデコボコをなくして欲しい、風疹のワクチン接種、助成する対象を広げて欲しい、信号機をつけて欲しい。ヤブ蚊がなんとかならないか」

さっそく役場に行き、どうやったら皆さんの要望が実現できるのか、役場のみなさんと相談をしてきました。

私たち日本共産党は、みなさんのねがい実現のために力を尽くしたいと思います。何でも結構ですので、ご要望をお寄せいただきますようお願いします。

日本共産党の「しんぶん赤旗」もこの機会にぜひお読み下さいますよう、お願いいたします。

みなさん

安倍政権に代わる新しい政治、ご一緒につくっていこうではありませんか。力をあわせて未来をきりひらいていきましょう。

日本共産党へのご支援を心からお願いいたしまして、私、日本共産党・府中町政策委員長、二見伸吾の訴えを終わらせていただきます。
ご静聴ありがとうございました。

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日本共産党の参議院選挙政策

JCP TIMES(しんぶん赤旗号外6.7月号)


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日本共産党 プロモビデオ This is JCP

なかなか、いいんでない。


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二見伸吾でございます。

6月19日、府中町で日本共産党演説会が開かれ、約60人が参加。私もあいさつさせていただきました。

友人がユーチューブにアップしてくれましたので、少々気恥ずかしいですが以下に載せました。





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ジャーナリストの果たした役割を伝える

書評「JCJ賞受賞作で読み解く 真のジャーナリズムとは。」
(日本ジャーナリスト会議60周年史編纂委員会)
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JCJが60周年を迎え、その年誌を編んだ。あまりに政権寄りの報道に、今日、マスコミならぬ「マスゴミ」という蔑称も生まれた。しかし、本書を読むと戦後ジャーナリズムは決してゴミではなく、「真実の報道追及」「権力の監視」「言論・報道の自由を守る」たたかいの最前線に立ってきたことが分かる。

本書の特徴は「JCJ賞受賞作で読み解く」点にある。JCJがどういう報道、放送、著作に光を当ててきたのか。60年安保闘争時に「真実を知ろうと願う聴取者のために、判断の材料を提供した」ラジオ東京報道部。徹底的に足で取材した「福島県汚職事件」報道(1978年)、「客観報道主義」からの脱却をめざし、論点を明示する報道を展開している東京新聞(2014年)、などなど。

 「真実の報道を通じて世界の平和を守る」を掲げてスタートしたJCJは、「賞を選ぶ視点をまず反核・反戦・平和」に置き、小田橋弘之『君が代は微風にのって』(1983年)、関千枝子『広島第二高女二年西組」(85年、本書本文では「四組」となっているが「西組」である。年表は正しい)、椎名麻紗枝『原爆犯罪』(86年)、土田ヒロミ『ヒロシマ』(同)などに賞を贈っている。

受賞作や候補作は、日本のジャーナリズムが「時代の真実に肉薄し、写し出す努力」をしてきたことを裏づける。残念なのは、「JCJ賞受賞作で読み解く」ことに徹しきれていない点だ。時代状況に紙数の多くが割かれ、受賞作品の内容、評価、受賞者の声などの紹介がおろそかになっている。せっかくの視点が生かされていないことを残念に思う。

少なくない受賞作が現在では接することができない。アーカイブスを整え、活字はJCJ叢書、映像はDVDシリーズとして伝えられるようになることを期待している。

  (日本ジャーナリスト会議発行、1500円)

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Shin-Go物語 はじめまして二見伸吾です (6)

第一学習社労組の争議を研究

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(1993年2月7日、広島市中区榎町ACCA近く、天満川沿いの公園にて。ボクはどこでしょう?)

※この写真を撮ってくれた佐々木達夫さんも、真ん中の後ろの方に写っている新江義雄(山ノ木竹志)さんも、今はいない。


労働運動を研究するといっても、具体的には何にも決まっていません。

自分でもいろいろ考えたのですが、芝田先生から「広島には第一学習社という教科書会社があって、そこに出版労連の組合がある。長い労働争議が続いていますが、なかなかいいたたかいをしていて、もう少しで勝てそうだから」と勧められました。

「わかりました。とりあえず連絡先を教えて下さい」というと、「いや、その必要はありません。いま、ここから電話をします」といって先生は研究室の黒電話をとった。

 「これから、二見君という大学院生をいかせます。封筒貼りでも何でもやらせてください。それが私の指導方針です」といって電話を私に渡します。
 「どこかの組合に行って資料をもらって、その資料で書くというのはダメです。いっしょにたたかって、そのなかで論文を書きなさい」
そう芝田先生は私に厳命しました。

指導教官の言われるままにテーマを決めるのはいやでした。しかし、解雇された高瀬均さんや小林和俊さんの話を聞き、わたしの気持ちは変わったのです。

 「この争議を研究テーマにするとともに勝たせたい」

授業の合間を縫って労働組合の事務所へ通う日々が始まります。争議は19年かかって1993年に解決したのですが、わたしが関わったのは91年から。解決に向けて運動が大きく盛り上がっていく時でした。

運動が最高潮に達したのは、1993年2月18日にアステールプラザ大ホールで開かれた「人は誰も人間らしく生きたい 第一学習社闘争勝利をめざす1200人のつどい」です。

研究者としてというよりも、「第一学習社労組を勝たせる会」事務局の一人としてこの運動に参加しました。「つどい」を成功させるために、広島市内を中心に労働組合やさまざまな団体を訪れ、役員会議などに参加して、集会への参加を訴えて歩きました。

「最高裁判決を守らないなんてことがあるのか」

「こんなことは許しちゃおけん」

訴えにいったところはどこでも、応援しようという熱い思いが返ってきます。

人を組織することは心を組織すること。そのためにはできる限り直接会って訴えることが大切だということが分かりました。組合の事務所で打ち合わせをしているとき、さまざまな行事への参加を要請するファックスが次々流れてきました。それを見て「心はファックスで送れない」と誰かが言ったことが強く印象に残っています。

 「人はみな人間らしく生きたい」という呼びかけと丁寧で粘り強い組織化によって、1200人の会場はあふれ、1500人以上がつめかけました。つどいの前半はシンガーソングライター・梅原司平さんのコンサート。後半は合唱構成詞「人はみな人間らしく生きたい」。
合唱構成詞は、第一学習社労働組合の19年にわたるたたかいを組合員自身が語り、地域の仲間が歌い、証言し、それを映像とナレーションでつないでいきます。組合結成とともに始まった、会社による組合攻撃。暴力、懲戒処分、つぎつぎと出される遠隔地への配転命令と解雇。

「職場のガン」「人面獣心」とありったけの悪罵を連ねた社員連名の抗議文がつきつけられる。耐えかねて自殺未遂をはかった女性組合員。組合員のラブストーリー。最高裁判決勝利。それでも高瀬さん、小林さんを職場に戻さない会社。

悩み、苦しみながらも踏みとどまった6人の組合員が、たたかいの歴史をふりかえり、それぞれの思いを語りました。会場の参加者は、舞台とともに、怒り、泣き、笑います。どの顔も優しく、目を真っ赤に腫らしていました。

素晴らしいたたかいの解決過程に立ち会うことができて、よかったです。「勝つ」運動とはこういうものなのか、ということを肌で感じました。

修士論文は、争議解決より早く、92年の夏に提出し、修士課程を修了しました。


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Shin-Go物語 はじめまして二見伸吾です (5)

大学院不合格 進学塾講師 再び大学院にチャレンジ

歴史学の研究者をめざし、中村政則先生のいる一橋大学の大学院を受験。4年の時はだめでも、一浪すればなんとかなると思いましたが、2年目も「来ていただかなくて結構です」という返事が来ました(笑)。今にして思えば全く勉強に実が入っていなかった。

研究者になりたいという淡いあこがれはあっても、何を研究したいかということが全くはっきりしていなかったのです。先輩研究者からも「大学院での研究生活をするだけのテーマを持っていないのではないか」と厳しい批判を受けました。

2年続けての不合格。もう心はボロボロでした。研究者はあきらめることにして、仕事を探しましたが、どれも今ひとつしっくりきません。結局、アルバイトをしていた進学塾で働くことにしました。 進学塾の仕事は面白かったです。授業が分かれば子どもたちの目が輝き、確かな手応えがありました。大学院受験で傷ついた心も回復。しだいに、「おまえは本当にこのままでいいのか」という内なる声が聞こえてきます。

そんなある日、東京神田の岩波ブックセンターで一冊の本を見つけました。渡辺治さんの『現代日本の支配構造分析』(花伝社)です。日本の労働者が、大していい暮らしをしているわけでもないのに、なぜ世の中を変えるという方向に動かないのか。「企業社会」をキーワードにしながら鋭く分析しています。
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納得がいく説明でしたが、では「企業社会」にからめとられた労働者に働きかけるような労働運動をつくるためにはどうしたらいいのか。示唆するようなことは書かれていましたが、それはまた別のテーマであり、それを研究したい。第1回目の大学院受験は大正期の農民運動をテーマにしようしていたが、自分が知りたいのは現代、そして労働運動なのだということに気づいたのです。

 さて、どこの大学院が受け入れてくれるかと考えたところ、労働運動について指導できる教官がいる大学院はそう多くはありません。そして、芝田進午先生のいる広島大学を受験することにし、今度はさいわいにも合格。回り道をしましたが1990年春、広島の地にやってきました。


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Shin-Go物語 はじめまして二見伸吾です (4)

学園民主化をめざして 法政大学(2)

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(ハタチの頃)

法政大学には、「中核派」という暴力集団が巣くっていました。学生自治会を名のり、ストライキなどと称して授業や試験を破壊する。「革マル派」という対立するセクトと殺し合いもする正真正銘の暴力団。法政大学でも暴力を振るわれた人は数知れず。ある先輩は頭蓋骨が陥没し、障がい者となってしまいました。

先輩たちの果敢な運動によって、わたしたちの頃には直接暴力を振るわれることはなかったのですが、似顔絵入りの指名手配ビラが配られ、授業へ行くことを妨害されました。ビラには「日共=民青 二見を許すな」と書かれていました(写真)。
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「中核派」は学生自治会を名乗っていましたが自治会としての実態はなく、大学7年生とか8年生、学外者もいたようです。どう見ても学生には見えない。経済学部に行けば「経済学部自治会の○○です」、法学部に行けば「法学部自治会の○○です」という。そういうデタラメをやめさせるために、「学生証を見せよう」というキャンペーンをはりました。

そして、本当の学生自治会をつくるために「クラス代表」を選び、その連絡会づくりに取り組んだのです。そんなことから、わたしはターゲットになり、校門をくぐると「中核派」の数十人に取り囲まれ、授業へ出ることを阻止されたのです。ベルトを掴まれ、無意味な論争をふっかけられる。ベルトを掴まれると動けないんですね。大学へ行っても授業が受けられないことが分かっていても行く。正直しんどかったですが、大学へ行くことが「たたかい」だと思って行きました。

忘れられないことがあります。

その日も校舎の1階で「中核派」につかまってしまいました。学生たちは遠巻きにわたしたちのことを見ています。どのくらいたった頃だったでしょうか。クラスメイトが「二見、こっちに来い」と叫んで手を差しのべてくれたのです。「中核派」はひるみ、ベルトから手が離れました。そして、わたしは彼の方に走り、手をつかんだのです。

もちろん「中核派」は逃がすまいと追いかけてこようとしました。しかし、わたしたちが通ったあと、その隙間はすっと閉じられました。見ず知らずの学生たちが人垣をつくって彼らを通さなかったのです。校門から出て、おいおいと泣きました。怖かったからではありません。学生たちの勇敢な行動に感動したのです。

彼らは一見無関心を装っているけれども、ちゃんと見ている、支えてくれる。「仲間を信じる」ということの意味がすとんと落ちた瞬間でした。

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(法政大学歴史科学研究会の合宿。ボクはどこでしょう?)


 

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演説は100回を超え103回に

6月12日 雨

5月15日から始めた街頭演説、ついに100回を超えました。パチパチ(拍手の音)。
今日は雨でしたので宣伝カーを使って町内6か所。

100か所目は、サンリブ府中店前でした。

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聴衆はやはりデンチュウさんですが、電柱さんにたくさんお話しすれば、きっとどこかで聞いてくれる人ができるようになるのだと思います。

100回を超して、だんだん演説らしくなってきました。今日で103回。
参議院選挙の公示の後は、候補者カー以外では演説ができません。ボクがマイクを握れるのは21日までです。さて150回に到達することはできるでしょうか。


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明日13日から15日まで熊本に被害地視察&ボランティアにいってきます。

06 2016 « »
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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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