パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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賃労働と資本(2) 体験的・古典の修行

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●「賃労働と資本」とは

『賃労働と資本』は、『賃金・価格・利潤』とともに、『資本論』への橋渡し、マルクス経済学の入門書として親しまれてきました。いずれも労働者に向かっての講演に基づくもの。『賃労働と資本』は1847年の講義をもとに49年に『新ライン新聞』に連載したものであり、『賃金・価格・利潤』は65年におこなった講義の原稿です。二つのあいだには20年近い月日の違いがあります。『資本論』第1巻の出版が67年ですから『賃金・価格・利潤』には、『資本論』第1巻の到達点がほぼ反映されています。

それに比べると『賃労働と資本』はまだ未熟で、誤りも含んでいます。

エンゲルスは言います。

「(18)40年代には、マルクスはまだ、その経済学の批判をおえていなかった。これは、50年代の末にやっと終わったのである。だから『経済学批判』の第一分冊(1859年)よりまえに出た彼の著作は……のちの著作の立場からみれば適当でなかったり、まちがってさえいると思われる表現や命題そのものを含んでいる」(35ページ)



しかし、それでも読む値打ちはあります。不十分さを伴いつつも、賃金とは何か、資本の儲けがどのようなしくみによって生み出されるのか、そのエッセンスが解き明かされているからです。さらに、エンゲルスのやや長い「まえがき」が大切で、これを熟読することによって、マルクスの「経済学の革命」が何によってもたらされたのかが理解できます。『賃労働と資本』の不十分さは『賃金・価格・利潤』、『資本論』を読むことで補えばいいのです。

●たたかいの経済的基礎を知るために

マルクスは、賃労働と資本についての講演をなぜ行ったのか。

「1848年に階級闘争が巨大な政治的形態をとって発展するのをみてきたあとで、いまやブルジョアジーの存在と彼らの階級支配との基礎をなし、同様にまた労働者の奴隷状態の基礎ともなっている経済的諸関係そのものを詳しく考究すべきときである」(56ページ)



1848年の階級闘争とは何かについては、「共産党宣言」で改めて説明しますが、階級闘争の発展と敗北を通じて、労働者階級の成長が求められており、そのためには労働者の奴隷状態がどのようにしてつくりだされるのか、その経済的要因を知らなければならないということです。

1840年代末のヨーロッパは 「ごく簡単な経済的諸関係についてさえ奇妙きわまる無知や概念の混乱がみなぎっている」(57ページ)とマルクスはいいますが、ある意味で今の日本も同じですね。

マルクスとエンゲルスは1845年に『ドイツ・イデオロギー』を書き、自分たちのそれまでの哲学的意識を清算し、唯物論的な歴史観の基礎を打ち立てました。48年には『共産党宣言』を著し、資本主義を乗り越える未来社会とそれをめざす共産主義運動についての見取り図をとして描きます。そして『賃労働と資本』の講演が47年で原稿化が49年です。

1848年のヨーロッパにおける革命を前後して、マルクスとエンゲルスの理論は哲学、革命論、未来社会論、経済学という広い分野にわたって、それらが相互に関連しつつ飛躍的に進歩しました。48年当時マルクスは30歳、エンゲルスは28歳。脱帽ですね。


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木鶏たりえず

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木鶏(もっけい)とは、荘子(達生篇)に収められている故事に由来する言葉で、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさす。(ウイキペディア)

これは、かなりいい線いっている人物が、もう少し足りないときに使うことば。

ウイキにも

横綱の双葉山は、連勝が69で止まった時、「未だ木鶏たりえず」と安岡正篤に打電したという故事がある。横綱白鵬は、これを踏まえて連勝が63でとまった時に支度部屋で、「いまだ木鶏たりえず、だな」と語った。

 とある。

安倍首相が使うにはふさわしくないね。

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資本主義は格差を広げる  ピケティ『21世紀の資本』を読む(1)


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●ピケティ・ブーム
 
トマ・ピケティの『21世紀の資本』が話題です。700ページ近い大著ですが10数カ国で100万部を突破。昨年末に発売された日本語版も13万部売れています。ピケティの他の本も含め、書店で平積み。解説本も出版され、「東洋経済」「ダイヤモンド」などの経済誌が特集を組んでいます。

『21世紀の資本』には何が書かれているのでしょうか。ピケティは17世紀以降の各国の統計をたんねんに調べました。そこから導き出した彼の結論は、r>gです。rは資本収益率でgが経済成長率。ざっくりといえば株式や不動産による儲けが資本収益で、経済成長は労働によってつくり出されます。r>gとは、国民の所得の伸びよりも、資本の収益の伸び方が高いということを意味しています。富める者はますます富み、貧しい者はさらに貧しくなっていくのが資本主義なのです。
 
●経済成長しても豊かにならない

長期的なデータによると、ヨーロッパとアメリカは20世紀のほんの一時期(1910~50年)格差が縮小しましたが、再び格差が拡大しました。日本は1950~60年代にもっとも格差が縮小し1990年代以降、格差が拡大しています。欧米でも日本でも歴史的な傾向は格差拡大なのです。

経済学の主流派(近代経済学)は、資本主義が発展すると、格差は縮まり、みんなが豊かになると主張してきました。経済成長こそが大切だということです。ピケティは近代経済学の立場に立っていますが、この通説をデータに基づき批判。資本主義は格差を広げることを裏づけたのです。


*************
次回以降の予定
(2)格差の拡大は運命ではない
(3)格差を縮めるための処方箋
(4)ピケティとアベノミクス

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賃労働と資本(1) 体験的・古典の修行

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                     ページ数は大月ビギナーズ版

●経済学とは

今回からマルクスの『賃労働と資本』に入ります。次にやる『賃金・価格・利潤』とともに、主として経済について扱った文献です。これらの本の解説に入る前に、経済学とは何かについてお話しましょう。労働組合で活動している友人が次のようにフェイスブックに書き込みました。

私は、「労働」という言葉が好きで、「経済」という言葉が好きではないんです。前者が労働者の誇りを表現するのに対して、後者は、それを利用して金儲けしようとしている置屋のように思います。

むむ、これはと思い、コメント。 

経済は「経世済民(けいせいさいみん)」という言葉を縮めたもの。民を救うのが本当の経済学なのです。ボクは労働も経済も好きよ。労働にしても経済にしても、資本(家)と労働(者)との対立・対抗関係が現実と学問に反映しています。

経済という言葉のそもそも知ったのは高校生のとき。一海知義さんの『漢語の知識』(岩波ジュニア新書)です。

「経済は〝経世済民〟(世の中を治め人民大衆を救う)を略した言葉だと言われています。いかにも儒家の好みそうなことばですが、中国の最もオーソドックスな思想の流派である儒家の基本的な古典(四書五経)には見えないようです。3世紀を過ぎたころから、ようやくいろいろな書物に見え、唐代の詩にも出てきますが、エコノミーという現代ふうの意味で使われた例はありません。古い時代の用例では、すべて〝経世済民〟の意味で使われています」



それが近代になって、ポリティカル・エコノミーの訳語として「経済」があてられるようになったのです。一海さんは、経済ということばの意味は変わったが、経済学をもともとの意味のとおり研究し実践した経済学者に河上肇(1879-1946)がいるといいます。

河上肇は、日本におけるマルクス主義経済学の開拓者の一人。岩国出身ですね。1915年に京都帝国大学教授となり、その翌年、大阪朝日新聞に「貧乏物語」を連載。資本主義社会の生む貧困と害悪を暴露しました。それは人道主義的な見地からの批判で、資本主義社会そのもののしくみを明らかにしたうえでの貧困批判ではなかったのです。しかし、河上は急速にマルクス主義に接近していきます。

『社会問題研究』という個人雑誌を発行し、マルクスの理論を紹介。『資本論』(第1巻)やこれから解説する『賃労働と資本』など翻訳しています。1933年治安維持法違反で検挙されました。河上肇は、試行錯誤のなか、人民大衆を貧困から救うために研究と実践を積み重ねた、その名の通りの「経(世)済(民)」学者なのです。ちなみに井上ひさしさんが、河上肇が拘留中だったときの留守宅を舞台にした「貧乏物語」という戯曲を書いています(『紙屋町さくらホテル』小学館、に収録)。

経済学といっても、さまざまな潮流があります。いま世間を跋扈(ばっこ)しているのは新自由主義の「経済学」です。人民大衆を苦しめ、大企業と大金持ちを擁護する経済学。アベノミクスは「安陪+エコノミクス(経済学)」という造語ですが、新自由主義を主軸にしながら土建「ケインズ主義」的財政支出を加えたもの。「学」らしきところは全くありません。

『賃労働と資本』『賃金・価格・利潤』そして『資本論』の経済学は、経世済民の学問であり、変革のため、世直しのための経済学です。

●庶民の貧困

 ここで、日本の庶民の置かれている状況をいくつかのグラフで確認してみましょう。

まず、相対的貧困率の推移です。

相対的貧困率
相対的貧困率とは、世帯所得をもとに国民一人ひとりの所得を計算して順番に並べ、真ん中の人の所得の半分に満たない人の割合。この指標によると日本では09年時点で、17歳以下の子どもの約16%、320万人以上が貧困状態にあります。一人親世帯の子どもに限ると貧困率は5割を超え、先進国で最悪の水準です。

つぎに非正規雇用の拡大。1990年に20.0%だった非正規雇用者は2013年には全労働者の36.2%を占めるようになっています。
非正規雇用の増大

賃金は低い。「非正規雇用の労働者の給与は、ほぼ全ての世代で正社員の給与を下回っており、年齢による変化も少なくなっています」と厚労省も認めているとおりです。

民間給与も1997年の467万円をピークに、2011年には409万円(グラフにはありませんが2012年は408万円)に下がっています。
民間給与02

自殺者は98年に3万人を超し、15年。この数字には変死者(原因不明)は含まれていませんので実際はもっと多いはずです。首都圏では毎日のように「人身事故」という名の飛び込み自殺が起きています。
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餓死者も1995(平成7)から急増。
餓死者

なぜ、こういうことが起きるのでしょうか。格差と貧困は何によってもたらされるのでしょうか。

この問題を解くカギを与えてくれるのがマルクスの経済学です。

 大内兵衛さん()は、岩波文庫版『貧乏物語』の解説でつぎのように私たちを叱咤しています。

『貧乏物語』の問題は、河上が問いかけただけでは解決しなかった。けれども、〝人類はつねに、自分の解決できる課題だけを提出する〟(マルクス)。しかし諸君!正しく提出された問題なら、解くのは諸君の義務ではないか。(大内兵衛)

さあ、経済学のとびらを開け、問題を解いてみましょう。

※おおうち・ひょうえ1888-1980大月書店版「マルクス=エンゲルス全集」監訳者の一人。元、法政大学総長





















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フォイエルバッハ論(24) 体験的・古典の修行

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●1948年革命と理論

「1848年革命とともに、『教養ある』ドイツは、理論に絶縁状を送り、実践の地盤に移った」(143ページ)とあります。これは「1」の最後、「1848年の革命は哲学全体を、フォイエルバッハがヘーゲルを片づけたように容赦なく、脇に押しのけてしまった。それと同時にフォイエルバッハ自身もまた、背景へと追いやれたのである」ということと照応しています。実践に移ったというのは第一に、産業界の変化、大工業化のことです。ヘーゲルに代表される「教養あるドイツ」「偉大な理論的感覚」「純粋に科学的な研究に向かう感覚」「妥協なき理論的精神」といったものは、ドイツから失われました。

当時の、ドイツの自然科学は、個別研究の領域では水準が高くても、個別の事実を大きく関連づけて法則化することではイギリスに遅れをとってしまったのです。ドイツを支配したのは「無思想の折衷(せっちゅう)主義であり、栄達と収入を求め、ついには卑属きわまる立身出世主義にまでなり果てる小心翼々とした斟酌」(144ページ)でした。

折衷主義は辞書には「相異なる哲学・思想体系のうちから真理あるいは長所と思われるものを抽出し、折衷・調和させて新しい体系を作り出そうとする立場」とあります。なんか「いいとこ取り」で良さそうにみえますが、そうではありません。「木に竹を接ぐ」という言い方がありますが、性質の違うものをつなぎ合わせ、首尾一貫した筋が通らなくなることが折衷主義のたどり着く先。「小心翼々とした斟酌(しんしゃく)」とは何でも穏便に丸く収めようとすることです。

エンゲルスはこのようにドイツにおける理論(哲学)の状況をボロくそにけなしています。しかし、そう批判しつつ、ドイツにおいて理論を代表する者たちがいる、と最後に述べます。

「ドイツの理論的感覚は、ただ労働者階級においてのみ、損なわれることなく存続している」(145ページ)。



ここで史的唯物論の重要な観点を述べています。

「社会の歴史全体を理解するための鍵を労働の発展史のうちに認識した」(同)。



たんに経済一般ではなく具体的に「労働の発展史」とエンゲルスが言っていることに注目したい。

そして実践に移ったとされる第二の内容は、労働運動です。

「ドイツ労働運動は、古典哲学の継承者である」(同)。



理論的基礎をもった労働運動ということでしょう。労働者は「数」という成功の要素をもっています。しかし、数は団結によって結び合わされ、知識によって導かれる場合にだけその力を発揮するのです(「国際労働者協会創立宣言」)。 

(『フォイエルバッハ論』おわり。次回から『賃労働と資本』です)

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貧しさへのまなざし 

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トマ・ピケティの『21世紀の資本』が売れているという。格差の広がりを実証的に明らかにし、格差拡大を累進課税の導入・強化によって制限しようと主張している(らしい。これから読む)。

日本でも格差と貧困をめぐってさまざまな論議がされてきた。以下は2006年に書いたもの。新しいデータを付け加えたのだが、この10年で格差と貧困をめぐる指標はさらに、そして格段に悪化している。(2015年2月7日)

だからこそ、ピケティの『21世紀の資本』が広く読まれているのだろう。さて、とりかかるぞ、と。

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「豊かさ」へのまなざし

いま「格差社会」とか「下流社会」といった言葉が話題になり、本もたくさん出ています。

斎藤貴男『機会不平等』(文春文庫)、佐藤俊樹『不平等社会日本』(中公新書)、林信吾『しのびよるネオ階級社会』(平凡社新書)、橘木俊詔『日本の経済格差』(岩波新書)、山田昌弘『希望格差社会』(筑摩書房)、三浦展(あつし)『下流社会』(光文社新書)……。

 豊かな国、日本。平等で自由な国というイメージがかかつてはありましたが、今は見るかげもありません。日本社会の変化を、その時々で話題になった本を紹介しながら、たどってみたいと思います。

●「豊かさとは何か」

いまから20年ほどまえの1984年。自分の生活程度を「中流」と考える人が9割に達し、「一億総中流」などといわれたことがあります。もちろん、中流と「思っている」からといって中流で「ある」わけではなかったのですが…。ある大学教授が「欧米ではミドル(中流)の住まいとは広大な庭園があって、パーティのできる数十畳の応接室があり、ベッドルームにはそれぞれ専用のバス・トイレがついている。そして地下室があるんだ」と教えてくれました。中流なんてお笑いぐさだということです。

このように当時の中流も幻想に過ぎなかったのですが、今のようなむき出しの格差社会でなかったのは事実です。就職難などはなく、正規の仕事に就くことはそれほど困難なことではありませんでした。日本は経済大国と呼ばれ、1986年GNP(国民総生産)がアメリカを追い抜きました。それなりの「豊かさ」を国民が実感し、「中流」意識を生みだしたのです。

土地や株の投機がはやり、空前のバブル景気。しかしその「豊かさ」がかなり怪しげなものだ、ということも国民は感じ始めていました。バブルの絶頂期であった1989年、暉峻(てるおか)淑子(いつこ)『豊かさとは何か』(岩波新書)が出版され、ベストセラーになります。

豊かさとはゆとり。それを生みだすのは社会保障と自由時間であり、日本は社会保障は貧弱で労働時間が異常に長い。日本の現実はゆとりを犠牲にしたニセの「豊かさ」にすぎないというのが暉峻さんの考え方です。
 株価と土地を売り買いによって膨らませたバブル景気は、まさに泡のごとく破裂し、崩れ去ってゆきました。

●「中流の崩壊」

1995年、日経連が『新時代の「日本的経営」』を発表。終身雇用をやめて非正規雇用を増やし、年功賃金をやめて成果主義賃金にするという方針を決めます。政府は1997年、医療費の本人負担を1割から2割に、消費税を3%から5%へと引き上げました。

そういうなかで1998年に登場したのが、冒頭に紹介した橘木さんの『日本の経済格差』です。この本で「ジニ係数」という言葉が広がりました。ジニ係数は、不平等を測る指標で、0に近ければそれだけ平等であり、不平等であれば1に近づきます。

課税前所得で、0・349(1980年)から0・439(1992年)と「ジニ係数が0・1前後上昇しており、短期間のうちにこれだけ不平等度の高まった国はさほどない」。日本社会は1980年代を通じて不平等が拡大し、「資本主義国の中で最も貧富の差が大きいイメージでとらえられているアメリカの所得分配不平等度よりも、当初所得でみてわが国にジニ係数の方が高い」というのが橘木さんの結論です。

 ※2011年のジニ係数は0.554。0.5~0.6は「慢性的暴動が起こりやすいレベル」。「社会騒乱多発の警戒ライン」は0.4ですでに大幅に上回っている。

この提起に対して、賛否さまざまな論議が巻き起こりました。

その主なものをまとめたのが、『論争・中流崩壊』(中公新書ラクレ・2001年)です。とりわけ興味深いのは格差拡大を否定する人たちの論議。

「かつて日本が平等社会にみえたのは、単に若年層が多かったからというみかけの理由に過ぎなかったともいえる。現在、不平等になりつつあるようにみえるのは、年をとれば所得に格差がつくという日本の元来の不平等が表にでてきているにすぎない」(103ページ)。

「(不平等が広がったようにみえるのは)高齢者世帯が増大したこととと、所得の低い若い単身世帯が増大したためである可能性が高い」(225ページ)。

それぞれのタイトルは「『中流層の崩壊』は根拠乏しい」「中流崩壊は『物語』にすぎない」といさましいものの、高齢者層と若年層に貧困が広がっている事実は否定できないのです。それと格差拡大を否定しようとするために、日本社会はもともとそんなに平等でなかった、と真実を語っている点も面白い。「格差がない」社会から「格差がある」社会に変わったのではありません。格差の見えにくい社会から格差がむき出しになり、広がる社会に変わったのです。

●「下流社会」へ

中流崩壊論争のさなか、2001年に小泉政権が登場し、「構造改革なくして日本の再生なし」というかけ声で、よりいっそうの規制緩和と民営化が推し進められてゆきます。

その結果、ごく一部の富裕層がつくられる一方、圧倒的多数の生活は苦しくなっていったのです。
2005年、家や土地などの不動産を除く金融資産を100万ドル(1億1千万)以上持つ富裕層は141万人で、前年から4・7%も増えました(『ワールド・ウェルス・レポート2006年版』メルリンチ日本証券のホームページから)。また、株式上場企業の34・7%にあたる418社は過去最高の収益をあげています(新光総合研究所まとめ)。

 ※2014年、富裕層は273万人。この10年間で倍増。

 ※2014年度上半期(4~9月)、上場企業約1380社の最終的な利益は14兆3070億円で、過去最高を記録。半分の7兆円はトヨタ自 動車や三菱UFJフィナンシャル・グループなど全体の2%程度にすぎない上位30社で占めている。→東京新聞2014年11月20日 グラフを一番下に貼り付けた。


厚生労働省の「所得再分配調査報告書」(2004年)によると4割の世帯が300万円以下の所得しかありません。年金や医療などなど社会保障給付を加味した再分配所得でも300万円以下は3割を占めています。同じく厚労省が行った「国民生活基礎調査」でも300万円以下が3割、200万円以下が2割近くになっています。

 ※2011年、300万円以下の世帯が52%、再分配後でも36.3%。

『新時代の「日本的経営」』の方針どおり、パートやアルバイト、派遣といった非正規雇用が増やされてゆきました。1995年には20・9%でしたが、2005年には雇用労働者の33%(1669万人)を占めています(総務省「労働力調査」)。その平均的な年収は100万円ほどです。小泉政権が発足した2001年と2005年を比べると非正規雇用は273万人増え、正規雇用は229万人減っているのです。

 ※2014年の非正規雇用者比率は37.9%、1970万人。20年で倍近く増えている。

 貯蓄ゼロの世帯も倍増しました。2000年は12・4%だったものが2005年には23・8%にもなっているのです(金融広報中央委員会「会計の金融資産に関する世論調査」)。

 ※2014年の貯蓄ゼロ世帯は38.9%

生活保護受給者は1995年に60万世帯88万人でした。それが2003年に100万世帯135万人に急増。生活保護受給者が8年で1・5倍になったのです。それでも貧困世帯の2割ほどでしかありません。生活保護を受ける資格のある400万世帯が放置されています。その結果、生活保護が受けられず、餓死・孤独死が相次いで起こっているのです。

 ※2014年 生活保護受給者は160万世帯、216万人

 毎年、自殺が3万人を超すようになって8年。家出はここ5年、毎年10万人です。

 ※2014年、自殺者数2万5000人。唯一下がった指標である。しかし、1998年~2011年、実に11年も3万人を超し続けた。また、家出、行方不明者、変死者は自殺者にカウントされないので実際にはさらに多いことになる。

格差の広がりと貧困の深まりは覆い隠しようもありません。

2005年、三浦展さんの『下流社会』が出版されます。この本がいいのはタイトルだけ。現在の社会の本質をズバリついていると思います。たくさん売れたのもタイトルによるところが大きいでしょう。

しかし、下流とは何か、下流化がなぜ起こっているのかについての説明には驚きます。

「『下流』とは、単に所得が低いということではない。コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生への意欲が低いのである。その結果として所得が上がらず、未婚のままである確率も高い。そして彼らの中には、だらだら歩き、だらだら生きている者も少なくない。その方が楽だからだ」(7ページ)。

要するに本人のせいだというのです。大企業による非正規雇用の拡大や、小泉「構造改革」のことについてはまったく問題にされていません。そればかりか「自分らしさ志向は『下』ほど多い」「『個性を尊重した家族』も『下』ほど多い」「自分らしさ派は、未婚、子供なし、非正規雇用が多い」と、自分らしく生きたい、個性を大事にしたいと考えることを「下流」の証として否定するのです。これでは「下流社会」からの脱出の道はみえません。

●格差を封印しようとしているのは誰か?

橘木俊詔編著『封印される不平等』(東洋経済新報社・2004年)は、教育社会学の苅谷剛彦さん、社会学の佐藤俊樹さん、ジャーナリストの斎藤貴男さんと編者である橘木さんによる座談会が収録されていて、格差論争の一定の総括となっています。4人ともそれぞれ専門の立場から格差問題に積極的に発言されてきた人たち。個々の論点には異論もありますが、まじめな良い本です。しかし、三浦さんの本とは反対に、タイトルに本書の最大の弱点があらわれている、と私は思います。

序章で、タイトルに込めた意味を「不平等を見たくない、目をそむけようとしている、さわりたくない、といった意識が国民の底辺にある」と橘木さんは述べています。国民自身が不平等を封印しようとしている、というのです。しかし、国民は見まいとしても、避けようとしても自らの暮らし向きがよくないことに身をもって感じざるをえないのではないでしょうか。だからこそ、さまざまな「格差」本がベストセラーになっているのだと思います。なぜ、どうしてこのような「格差社会」になってしまったのかを知りたいと考えているのではないでしょうか。

今年の初めに「格差社会」は国会でも取りあげられましたが、小泉首相は「格差の拡大はない」とうそぶき、それが通らないとなると「格差がでるのは別に悪いことではない」と開き直りました。経団連の御手洗富士夫会長もまた、就任時の記者会見で「格差はむしろ称賛すべきこと」と述べています。格差を封印しようとしているのは国民ではなく、格差を広げ、国民を「下流」へと追いやった政府であり、財界なのだと思います。

 『希望格差社会』(2004年)を書いた山田昌弘さんは「リスク化の進行は止めることができません。収入が高い職と低い職ができて、差が開いていくことは、もはや止められないのですよ」とインタビューに答えています(『図解 下流時代を生きる』ごまブックス)。

そうではない、と私は思います。いまの格差社会は自然にそうなったのではありません。大企業が利潤追求のためにパート、アルバイト、派遣といった低賃金労働者を増やし、政府がカネ持ちと大企業を優遇する税制をつくり、社会保障を切り捨ててきた結果なのです。

日本はほんとうは豊かな国です。しかしその莫大な富がごくごく少数の企業と個人に吸い寄せられているから「下流社会」になってしまっているにすぎません。ですから、そのカラクリを見ぬく人が増え、悪政を変えれば国民が豊かに生きる社会をつくることができます。
(2006年)


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純利益上位30社


      

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悲劇をくり返さないために

広島中央保健生協 憲法を学ぶ大運動推進ニュース 憲法診断 №45

イスラム国をなのるテロ集団ISILが湯川さん、後藤さんを殺害。

悲劇をくり返さないためになにが必要なのかシリーズで考えていきます。

今号はISILによってシリアがどうなってしまったのかを、国連高等難民弁務官事務所「シリア・アラブ共和国から避難する人々の国際保護の必要性について更新Ⅲ」から紹介しました。

次号以降で、有志連合による空爆の問題、この殺害事件を利用して自衛隊の海外派兵や集団的自衛権行使容認、9条改憲にむけて一気に進もうとする安倍政権の危険性について書く予定です。

*************************

●900万を超す難民、死者は19万人

ISIL(アイシル)は活動地域(イラクとシリア)において残酷な行為を繰り広げています。シリアにはISIL以外にもいくつかの反政府武装勢力があり、紛争によって19万人以上もの人が殺害されました(2014年4月時点)。

医療体制が破壊されたため、通常であれば命に別状がない慢性疾患、感染症で亡くなり、新生児は栄養失調で死亡しています。

紛争によって75万人以上が負傷。暴力の目撃、親族との死別、強制移動、貧困、によって多くの人びとが精神的なダメージを受けています。

国内で避難を強いられている人びとは645万人。周辺の国に逃れた難民は320万人。あわせて900万人となり、シリア人口(約2200万人)の4割が住み慣れた家を追われました。近代史上最高です。

●ふつうの暮らしが奪われている

ISILを含む反政府武装集団は、大虐殺、殺人、処刑、拷問、人質拘束、強制失踪、性暴力、などの戦争犯罪を犯しています。医療従事者、宗教者、ジャーナリストさえも攻撃。子どもを誘拐して兵士にしています。

ふつうの暮らしは奪われ、とりわけ女性と子どもは深刻な影響をうけています。砲撃、狙撃、空爆、大虐殺によって殺され、生き残っても拘禁、人質、拷問や暴力(性暴力を含む)の標的にされています。

すでに1万人以上の子どもが殺されました。昨年3月時点で、550万もの子どもが紛争の影響を受け、280万人が就学てきません。児童労働、家庭内暴力、早期結婚・強制結婚、性暴力の危機にさらされています。

このように過激武装集団ISILは、目的のためには手段を選ばず、無差別な殺傷をなんとも思わない。そういう武装集団によって二人の命は奪われたのです。


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憲法診断45-001

憲法診断45-002

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フォイエルバッハ論(23) 体験的・古典の修行

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●社会的政治的運動と宗教

エンゲルスは、宗教のもつイデオロギー性を批判しつつ、キリスト教のなかから社会運動が生み出される過程を跡づけます。

原始キリスト教は国家公認宗教へと転化し「中世はイデオロギーの他のすべての形態、すなわち哲学、政治学、法学を、神学へと併せ、神学の下位部門としていた」(138ページ)。哲学、政治学、法学が神学のしもべとなっていたのです。そういうなかで、「社会的政治的運動はいずれも神学的形態」、すなわち宗教的な運動として展開されました。

プロテスタント的異端が生まれ国家公認宗教化した封建的カトリックに対抗して行きます。この改革運動の担い手は、市民階級(ブルジョアジー)であり、彼らを支持する都市平民、日雇い労働者など、労働者階級(プロレタリアート)の先駆をなす人びとでした。市民階級と労働者階級(の先駆をなす人びと)との関係を反映して、プロテスタント的異端もまた「市民的な穏健派」と「平民的な革命派」に分かれていました。

プロテスタント的異端が根絶できないのは、台頭してきたブルジョアジーをうち負かすことができないからです。伸びゆく市民階級の存在が、プロテスタント的異端を支えてる。マックス・ウェーバーは有名な『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、プロテスタンティズムが生み出した勤勉の精神や合理主義が近代資本主義を誕生させたと結論づけましたが、これは事態をあべこべに描いたものです。プロテスタントの倫理が資本主義の精神を産みだしたのではなく、資本主義の精神が、ヨーロッパにおいて、それにふさわしい宗教としてプロテスタントを選んだということにほかなりません。

●宗教から抜け出す政治的理論

ルターに代表されるドイツの宗教改革は、ドイツ市民階級が未成熟であったため敗北。カルヴァンを指導者とするフランスの宗教改革は、ドイツと違って市民的性格を前面に押しだすことによって成果をえ、ジュネーブ、オランダ、スコットランドへ広がりました。「カルヴァン主義は、当時の市民階級の利害を表す、まことの宗教的な扮装」(140ページ)でした。

このように台頭したカルヴァン主義でしたが、それが弾圧されるとどうなったのか。立ちあらわれたのは啓蒙思想でした。啓蒙思想は宗教的な扮装をいっさいまとわず、政治的なかたちで革命を準備したのです。啓蒙思想の登場によって、キリスト教は「なんらかの進歩的な階級がその抵抗運動ををおこなうさいにまとうイデオロギー的扮装として役立つことはできなくなった」(141ページ)とエンゲルスは述べています。

しかし、20世紀になると、ラテン・アメリカの革命運動のなかで「解放の神学」が登場します。社会正義の追求、貧困の根絶、人権の擁護などを掲げた宗教運動です。イデオロギー的粉飾かどうかはさておくとして、「解放の神学」が抵抗運動、革命運動の支えになっているのは事実。日本でも反核運動、反原発運動、憲法をまもる運動、秘密保護法に反対する運動など宗教者が活躍しています。エンゲルスの予想を超えた事態ですね。

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荒れ野の40年


統一ドイツの初代大統領、リヒャルト・フォン・ワイツゼッカー氏が31日、死去した。94歳。

彼が1985年5月8日に西ドイツの連邦議会でワイツゼッカー大統領が行った敗戦40周年を記念する演説の全文を掲載

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荒れ野の40年

新版 荒れ野の40年 ヴァイツゼッカー大統領ドイツ終戦40周年記念演説 (岩波ブックレット)新版 荒れ野の40年 ヴァイツゼッカー大統領ドイツ終戦40周年記念演説 (岩波ブックレット)
(2009/10/07)
リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー

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5月8日は心に刻むための日であります。心に刻むというのは、ある出来事が自らの内面の一部となるよう、これを信誠かつ純粋に思い浮かべることであります。そのためには、われわれが真実を求めることが大いに必要とされます。

われわれは今日、戦いと暴力支配とのなかで斃れたすべての人びとを哀しみのうちに思い浮かべておりす。
ことにドイツの強制収容所で命を奪われた 600万のユダヤ人を思い浮かべます。
戦いに苦しんだすべての民族、なかんずくソ連・ポーランドの無数の死者を思い浮かべます。

ドイツ人としては、兵士として斃れた同胞、そして故郷の空襲で捕われの最中に、あるいは故郷を追われる途中で命を失った同胞を哀しみのうちに思い浮かべます。

虐殺されたジィンティ・ロマ(ジプシー)、殺された同性愛の人びと、殺害された精神病患者、宗教もしくは政治上の信念のゆえに死なねばならなかった人びとを思い浮かべます。

銃殺された人質を思い浮かべます。
ドイツに占領されたすべての国のレジスタンスの犠牲者に思いをはせます。

ドイツ人としては、市民としての、軍人としての、そして信仰にもとづいてのドイツのレジスタンス、労働者や労働組合のレジスタンス、共産主義者のレジスタンス——これらのレジスタンスの犠牲者を思い浮かべ、敬意を表します。

積極的にレジスタンスに加わることはなかったものの、良心をまげるよりはむしろ死を選んだ人びとを思い浮かべます。

はかり知れないほどの死者のかたわらに、人間の悲嘆の山並みがつづいております。

死者への悲嘆、
傷つき、障害を負った悲嘆、
非人間的な強制的不妊手術による悲嘆、
空襲の夜の悲嘆、
故郷を追われ、暴行・掠奪され、強制労働につかされ、不正と拷問、飢えと貧窮に悩まされた悲嘆、
捕われ殺されはしないかという不安による悲嘆、迷いつつも信じ、働く目標であったものを全て失ったことの悲嘆——こうした悲嘆の山並みです。

今日われわれはこうした人間の悲嘆を心に刻み、悲悼の念とともに思い浮かべているのであります。
人びとが負わされた重荷のうち、最大の部分をになったのは多分、各民族の女性たちだったでしょう。

彼女たちの苦難、忍従、そして人知れぬ力を世界史は、余りにもあっさりと忘れてしまうものです(拍手)。彼女たちは不安に脅えながら働き、人間の生命を支え護ってきました。戦場で斃れた父や息子、夫、兄弟、友人たちを悼んできました。この上なく暗い日々にあって、人間性の光が消えないよう守りつづけたのは彼女たちでした。

暴力支配が始まるにあたって、ユダヤ系の同胞に対するヒトラーの底知れぬ憎悪がありました。ヒトラーは公けの場でもこれを隠しだてしたことはなく、全ドイツ民族をその憎悪の道具としたのです。ヒトラーは1945年 4月30日の(自殺による)死の前日、いわゆる遺書の結びに「指導者と国民に対し、ことに人種法を厳密に遵守し、かつまた世界のあらゆる民族を毒する国際ユダヤ主義に対し仮借のない抵抗をするよう義務づける」と書いております。

歴史の中で戦いと暴力とにまき込まれるという罪——これと無縁だった国が、ほとんどないことは事実であります。しかしながら、ユダヤ人を人種としてことごとく抹殺する、というのは歴史に前例を見ません。

この犯罪に手を下したのは少数です。公けの目にはふれないようになっていたのであります。しかしながら、ユダヤ系の同国民たちは、冷淡に知らぬ顔をされたり、底意のある非寛容な態度をみせつけられたり、さらには公然と憎悪を投げつけられる、といった辛酸を嘗めねばならなかったのですが、これはどのドイツ人でも見聞きすることができました。

シナゴーグの放火、掠奪、ユダヤの星のマークの強制着用、法の保護の剥奪、人間の尊厳に対するとどまることを知らない冒涜があったあとで、悪い事態を予想しないでいられた人はいたでありましょうか。

目を閉じず、耳をふさがずにいた人びと、調べる気のある人たちなら、(ユダヤ人を強制的に)移送する列車に気づかないはずはありませんでした。人びとの想像力は、ユダヤ人絶滅の方法と規模には思い及ばなかったかもしれません。しかし現実には、犯罪そのものに加えて、余りにも多くの人たちが実際に起こっていたことを知らないでおこうと努めていたのであります。当時まだ幼く、ことの計画・実施に加わっていなかった私の世代も例外ではありません。

良心を麻痺させ、それは自分の権限外だとし、目を背け、沈黙するには多くの形がありました。戦いが終り、筆舌に尽しがたいホロコースト(大虐殺)の全貌が明らかになったとき、一切何も知らなかった、気配も感じなかった、と言い張った人は余りにも多かったのであります。

一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことはありません。罪といい無実といい、集団的ではなく個人的なものであります。

人間の罪には、露見したものもあれば隠しおおせたものもあります。告白した罪もあれば否認し通した罪もあります。充分に自覚してあの時代を生きてきた方がた、その人たちは今日、一人ひとり自分がどう関り合っていたかを静かに自問していただきたいのであります。

今日の人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれてもいませんでした。この人たちは自分が手を下してはいない行為に対して自らの罪を告白することはできません。

ドイツ人であるというだけの理由で、彼らが悔い改めの時に着る荒布の質素な服を身にまとうのを期待することは、感情をもった人間にできることではありません。しかしながら先人は彼らに容易ならざる遺産を残したのであります。

罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関り合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。

心に刻みつづけることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老幼たがいに助け合わねばなりません。また助け合えるのであります。

問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。

ユダヤ民族は今も心に刻み、これからも常に心に刻みつづけるでありましょう。われわれは人間として心からの和解を求めております。

まさしくこのためにこそ、心に刻むことなしに和解はありえない、という一事を理解せねばならぬのです。

物質面での復興という課題と並んで、精神面での最初の課題は、さまざまな運命の恣意に耐えるのを学ぶことでありました。ここにおいて、他の人びとの重荷に目を開き、常に相ともにこの重荷を担い、忘れ去ることをしないという、人間としての力が試されていたのであります。またその課題の中から、平和への能力、そして内外との心からの和解への心構えが育っていかねばならなかったのであります。これこそ他人から求められていただけでなく、われわれ自身が衷心から望んでいたことでもあったのです。

かつて敵側だった人びとが和睦しようという気になるには、どれほど自分に打ち克たねばならなかったか—— このことを忘れて五月八日を思い浮かべることはわれわれには許されません。ワルシャワのゲットーで、そしてチェコのリジィツェ村で虐殺された犠牲者たち(1942年、ナチスの高官を暗殺したことに対する報復としてプラハ近郊のこの村をナチスは完全に破壊した。)——われわれは本当にその親族の気持になれるものでありましょうか。

ロッテルダムやロンドンの市民にとっても、ついこの間まで頭上から爆弾の雨を降らしていたドイツの再建を助けるなどというのは、どんなに困難なことだったでありましょう。そのためには、ドイツ人が二度と再び暴力で敗北に修正を加えることはない、という確信がしだいに深まっていく必要がありました。

ドイツの側では故郷を追われた人びとが一番の辛苦を味わいました。五月八日をはるかに過ぎても、はげしい悲嘆と甚だしい不正とにさらされていたのであります。もともとの土地にいられたわれわれには、彼らの苛酷な運命を理解するだけの想像力と感受性が欠けていることが稀ではありませんでした。

しかし救援の手を差しのべる動きもただちに活発となりました。故郷を捨てたり追われた何百万人という人びとを受け入れたのであります。歳月が経つにつれ彼らは新しい土地に定着していきました。彼らの子どもたち、孫たちは、いろいろな形で父祖の地の文化とそこへの郷土愛とに結びついております。それはそれで結構です。彼らの人生にとって貴重な宝物だからであります。

しかし彼ら自身は新しい故郷を見出し、同じ年配の土地の仲間たちと共に成長し、とけ合い、土地の言葉をしゃべり、その習慣を身につけております。彼らの若い生命こそ内面の平和の能力の証しなのであります。彼らの祖父母、父母たちはかつては追われる身でした。しかし彼ら若い人びと自身は今や土地の人間なのです。

故郷を追われた人びとは、早々とそして模範的な形で武力不行使を表明いたしました。力のなかった初期のころのその場かぎりの言葉ではなく、今日にも通じる表白であります。武力不行使とは、活力を取り戻したあとになってもドイツがこれを守りつづけていく、という信頼を各方面に育てていくことを意味しております。

この間に自分たちの故郷は他の人びとの故郷となってしまいました。東方の多く古い墓地では、今日すでにドイツ人の墓よりポーランド人の墓の方が多くなっております。

何百万ものドイツ人が西への移動を強いられたあと、何百万のポーランド人が、そして何百万のロシア人が移動してまいりました。いずれも意向を尋ねられることがなく、不正に堪えてきた人びとでした。無抵抗に政治につき従わざるをえない人びと、不正に対しどんな補償をし、それぞれに正当ないい分をかみ合わせてみたところで、彼らの身の上に加えられたことについての埋合せをしてあげるわけにいかない人びとなのであります。

五月八日のあとの運命に押し流され、以来何十年とその地に住みついている人びと、この人びとに政治に煩らわされることのない持続的な将来の安全を確保すること——これこそ武力不行使の今日の意味であります。法律上の主張で争うよりも、理解し合わねばならぬという誡めを優先させることであります。

これがヨーロッパの平和的秩序のためにわれわれがなしうる本当の、人間としての貢献に他なりません。

1945年に始まるヨーロッパの新スタートは、自由と自決の考えに勝利と敗北の双方をもたらすこととなりました。自らの力が優越していてこそ平和が可能であり確保されていると全ての国が考え、平和とは次の戦いの準備期間であった——こうした時期がヨーロッパ史の上で長くつづいたのでありますが、われわれはこれに終止符をうつ好機を拡大していかなくてはなりません。

ヨーロッパの諸民族は自らの故郷を愛しております。ドイツ人とて同様であります。自らの故郷を忘れうる民族が平和に愛情を寄せるなどということを信じるわけにまいりましょうか。

いや、平和への愛とは、故郷を忘れず、まさにそのためにこそ、いつも互いに平和で暮せるよう全力を挙げる決意をしていることであります。追われたものが故郷に寄せる愛情は、復讐主義ではないのであります。

      
戦後四年たった1949年の本日五月八日、議会評議会は基本法を承認いたしました。議会評議会の民主主義者たちは、党派の壁を越え、われわれの憲法(基本法)の第一条(第二項)に戦いと暴力支配に対する回答を記しております。

ドイツ国民は、それゆえに、世界における各人間共同社会・平和および正義の基礎として、不可侵の、かつ、譲渡しえない人権をみとめる

五月八日がもつこの意味についても今日心に刻む必要があります。

戦いが終ったころ、多くのドイツ人が自らのパスポートをかくしたり、他国のパスポートと交換しようといたしましたが、今日われわれの国籍をもつことは、高い評価を受ける権利であります。

傲慢、独善的である理由は毫もありません。しかしながらもしわれわれが、現在の行動とわれわれに課せられている未解決の課題へのガイドラインとして自らの歴史の記憶を役立てるなら、この40年間の歩みを心に刻んで感謝することは許されるでありましょう。

——第三帝国において精神病患者が殺害されたことを心に刻むなら、精神を病んでいる市民に暖かい目を注ぐことはわれわれ自身の課題であると理解することでありましょう。

——人種、宗教、政治上の理由から迫害され、目前の死に脅えていた人びとに対し、しばしば他の国の国境が閉ざされていたことを心に刻むなら、今日不当に迫害され、われわれに保護を求める人びとに対し門戸を閉ざすことはないでありましょう(拍手)。

——独裁下において自由な精神が迫害されたことを熟慮するなら、いかなる思想、いかなる批判であれ、そして、たとえそれがわれわれ自身にきびしい矢を放つものであったとしても、その思想、批判の自由を擁護するでありましょう。

——中東情勢についての判断を下すさいには、ドイツ人がユダヤ人同胞にもたらした運命がイスラエルの建国のひき金となったこと、そのさいの諸条件が今日なおこの地域の人びとの重荷となり、人びとを危険に曝しているのだ、ということを考えていただきたい。

——東側の隣人たちの戦時中の艱難を思うとき、これらの諸国との対立解消、緊張緩和、平和な隣人関係がドイツ外交政策の中心課題でありつづけることの理解が深まるでありましょう。双方が互いに心に刻み合い、たがいに尊敬し合うことが求められているのであり、人間としても、文化の面でも、そしてまたつまるところ歴史的にも、そうであってしかるべき理由があるのであります。

ソ連共産党のゴルバチョフ書記長は、ソ連指導部には大戦終結40年目にあたって反ドイツ感情をかきたてるつもりはないと言明いたしました。ソ連は諸民族の間の友情を支持する、というのであります。

東西間の理解、そしてまた全ヨーロッパにおける人権尊重に対するソ連の貢献について問いかけている時であればこそ、モスクワからのこうした兆しを見のがしてはなりますまい。われわれはソ連邦諸民族との友情を望んでおるのであります。

人間の一生、民族の運命にあって、40年という歳月は大きな役割を果たしております。
当時責任ある立場にいた父たちの世代が完全に交替するまでに40年が必要だったのです。

われわれのもとでは新しい世代が政治の責任をとれるだけに成長してまいりました。若い人たちにかつて起ったことの責任はありません。しかし、(その後の)歴史のなかでそうした出来事から生じてきたことに対しては責任があります。

われわれ年長者は若者に対し、夢を実現する義務は負っておりません。われわれの義務は率直さであります。心に刻みつづけるということがきわめて重要なのはなぜか、このことを若い人びとが理解できるよう手助けせねばならないのです。ユートピア的な救済論に逃避したり、道徳的に傲慢不遜になったりすることなく、歴史の真実を冷静かつ公平に見つめることができるよう、若い人びとの助力をしたいと考えるのであります。

人間は何をしかねないのか——これをわれわれは自らの歴史から学びます。でありますから、われわれは今や別種の、よりよい人間になったなどと思い上がってはなりません。

道徳に究極の完成はありえません——いかなる人間にとっても、また、いかなる土地においてもそうであります。われわれは人間として学んでまいりました。これからも人間として危険に曝されつづけるでありましょう。しかし、われわれにはこうした危険を繰り返し乗り越えていくだけの力がそなわっております。

ヒトラーはいつも、偏見と敵意と憎悪とをかきたてつづけることに腐心しておりました。

若い人たちにお願いしたい。
他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。
ロシア人やアメリカ人、
ユダヤ人やトルコ人、
オールタナティヴを唱える人びとや保守主義者、
黒人や白人
これらの人たちに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。

若い人たちは、たがいに敵対するのではなく、たがいに手をとり合って生きていくことを学んでいただきたい。

民主的に選ばれたわれわれ政治家にもこのことを肝に銘じさせてくれる諸君であってほしい。そして範を示してほしい。

自由を尊重しよう。
平和のために尽力しよう。
公正をよりどころにしよう。
正義については内面の規範に従おう。
今日五月八日にさいし、能うかぎり真実を直視しようではありませんか。


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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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