パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

Category: 先達   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

人生を変えた出会い 芝田先生と私(3)

●ともにたたかって書け

なかばやけくそで「では、何をやったらいいんですか」と開き直った。「第一学習社という教科書会社があって、そこに出版労連の組合がある。長い労働争議が続いていますが、なかなかいいたたかいをしていて、もう少しで勝てそうだから」と芝田先生はいう(1993年、争議は全面解決勝利。解雇された2人の組合員は原職〔教科書編集〕復帰した)。

「わかりました。とりあえず連絡先を教えて下さい」というと「いや、その必要はありません。いま、ここから電話をします」といって研究室の黒電話をとった。

「これから、二見君という大学院生をいかせます。封筒貼りでも何でもやらせてください。それが私の指導方針です」といって電話を私に渡した。

「どこかの組合に行って資料をもらって、その資料で書くというのはダメです。いっしょにたたかって、そのなかで論文を書きなさい」

そう芝田先生は私にいった。

指導教官の言われるがままにテーマを決めるのはいやだと思ったが、第一学習社労組の高瀬均さんや小林和俊さんの話を聞き、「この争議をテーマにするとともに勝たせたい」と考えるようになっていた。授業の合間を縫って労組書記局へ通う日々が始まった。

●世界という書物を読む
 
芝田先生はいつも「世界という書物」「現実という書物」を読むことの重要性を語った。そして、先生自身がつねに目前の現実と格闘し、そこからみずからの思想を深めていかれた。ベトナム戦争、ヒロシマ、そして氏自身が「人生最後、最終のたたかい」と呼んだ予防衛生研究所(現、衛生研)とのバイオハザード裁判……。

 「ドラマという思想」というエッセイがあり、そこで芝田先生は次のように述べている。

「思想というもの」は、「たんなる学問的諸命題の体系ではなくて、現実が提起する諸課題と格闘し、それらを解決し、実践的指針を引きだす思想的・理論的活動・能動的営みではないだろうか。現実が提起する諸課題は、どれもこれも新しく、初めての問題提起であって、それに対する解答は、できあいの公式や、〝模範解答的教科書〟のなかに容易に見いだすことはできない。

しかも、それらの諸課題の多くは、緊急に提出されたものであって、無限に解答をひきのばすことも、沈黙し無為にすごすこともゆるさず、即座に、あるいは時間ぎめで解答することをせまってくる。

そのうえ、その解答のいかんによって、みずからの運命、ひいては自分のぞくする集団、階級、民族、人類の運命が左右されるような場合も少なくない。現実が提起する課題を受けとめ、それについて、かぎられた時間内に、研究し、思索し、判断し決断し、実践にうつす。これこそが思想のあり方であり、思想の本領にほかならない」

「マルクスの思想をたんに学ぶだけでは、それをドグマとしておぼえただけのことであって、まだマルクス主義者ないし科学的社会主義者となったとはいえない。現実との格闘をつうじて、その思想をドラマティックに運用・活用できるようになること、そのことを通じて人生と世界史のドラマを生きること。そのことにこそ、ある思想が思想になった、思想的に獲得されたといえるのであろう」(『人生と思想』p.52-3)

 いささか長文の引用となったが、まさに芝田先生の「人生と思想」の繋がりが述べられている。
 
                                      (おしまい) 

DSC_1116_convert_20140131041740.jpg
(先生の主著『人間性と人格の理論』にサインしてもらった。グラムシの「情熱のみが理性を鋭くする」という言葉が添えられています。30歳のとき〔1961年〕に出版されていて、うーん、とてもかないません)
 

Category: 先達   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

人生を変えた出会い 芝田先生と私(2)

●広島大学へ

研究者志望であった私は大学4年のときとその翌年と都内の大学院を2つほど受けたが合格せず、そのままアルバイト先に就職した。仕事は面白かったが、3年ほどたったころ、「このままでいいのか」という内なる声が大きくなり始めた。

その頃読んだ、渡辺治『現代日本の支配構造分析』(花伝社)に刺激され、再び研究者への道を考え始めた。自分の研究テーマを戦前の農民運動から現代の労働・社会運動へ設定し直し、さて、どこの大学院が受け入れてくれるかと考えたところ、労働運動について指導できる教官がいる大学院はそう多くはなかった。そして、芝田先生のいる広島大学を受験することにし、さいわいにも合格した。1990年春である。

●テーマ設定をめぐって

大学院芝田ゼミのゼミ生は4人で、ゼミは先生の研究室で行われた。『資本論』や『経済学・哲学草稿』などを輪読。私は研究テーマを労働・社会運動とはしていたものの、修士論文で扱う具体的な研究対象を何に据えるのかが定まっていなかった。私が当初、考えたのは地域を単位にした地域労組(コミュニティ・ユニオン)についてであった。

ゼミでの報告で、地域の重要性を指摘する際に不用意に「職場だけでなく地域を」という文言を使った。いつもにこにこしながら報告を聞いて、コメントをする芝田先生であったが、このときだけは厳しい表情をして次のように言われた。

●職場とともに地域を

「~だけでなく…を」というのは私が一番、排してきた考え、非弁証法的な考えです。「職場だけでなく地域を」というスローガンは職場闘争を軽視することになり、実践的にも誤りに陥ることになる。職場闘争をおおいに展開し、時短(労働時間の短縮)などもかちとることがなければ、どうして地域へ出ていくことができるでしょう。あなたのいわんとすることは「職場とともに地域を」というふうに言いかえなければならない。

強いショックを感じた。言葉を厳密に使うことの重要性を思い知らされた。そして、「その地域労組というのは広島にあるのですか」と芝田先生は尋ねた。いまは広島にも地域労組があるが、当時はなく、「大阪にはあるのでその事例を研究しようと思う」と返事をした。すると、「あなたはせっかく神奈川から広島に来たのだから、広島の労働運動の研究をしなさい」とすぐさま言われた。


DSC_1114+(1)_convert_20140130055633.jpg
(芝田先生から届いた手紙。ヒロシマ紀元41年1月20日とある。西暦では1986年。ヒロシマ紀元は芝田先生が提唱した時代区分。人類の歴史は1945年の8月6日以前と以後とで区分される。ヒロシマ紀元以後、人類絶滅の危険性に直面し人びとはそれとたたかい克服するという課題を背負うようになった。)

Category: 先達   Tags: ---

Response: Comment: 1  Trackback: 0  

人生を変えた出会い 芝田先生と私(1)

櫻井智志著『座標 吉野源三郎・芝田進午・鈴木正』(いりす)が刊行されました。

「座標とは、戦後民主主義とともに日本が新たにスタートして、今が昏迷した激動の時代であっても、ここに生きる私たちを取り巻く社会的構造と生きる志を客観視したものである。それを解き明かすために、私は縦軸に古在由重を、横軸に吉野源三郎、芝田進午、鈴木正を配し、私見をまとめてみた」(本書「あとがき」より)


座標―吉野源三郎・芝田進午・鈴木正座標―吉野源三郎・芝田進午・鈴木正
(2014/01)
櫻井 智志

商品詳細を見る


横軸のひとりに我が師、芝田進午がとりあげられています。偉大な哲学者であり、とても人間くさかった芝田先生。亡くなられた翌日(2001年3月15日)に書いた「人生を変えた出会い」を3回に分けて掲載します。




DSC_1114_convert_20140129172005.jpg
(写真は芝田先生の自宅で撮影したものです。『核時代Ⅰ思想と展望』〔1987年、青木書店〕、その下にあるのが『人間性と人格の理論』〔1961年、青木書店〕) 


●芝田先生と出会わなければ

 人生を変える出会いというものがある。わが師、芝田進午との出会いはまさにそうであった。現在私は広島で大衆的学習教育運動にたずさわっているが、芝田先生と出会わなければ、広島にいることすらなかったであろう。
 師は、2001年3月14日、永眠。心から哀悼の意を表するとともに、芝田進午先生の思い出を綴ることで、師を偲びたい。

●人間性と人格の理論

 「活動家であるものはこれを読まなくてはいけない」

法政大学時代に先輩がそういって勧めてくれたのが、芝田進午著『人間性と人格の理論』(以下、『人格の理論』)であった。お金がなかったので、神田の古書店で探して買い求め、むさぼるように読んだ。そして引用されている文献について手紙を書いて質問した。

当時私は、大学のゼミで自分の考えとは違う立場の見解について、揚げ足取り的な発言ばかりしていた。ゼミの教官(江村栄一先生)がそんな私をみかねて「相手の言っている本筋のところで批判をしないと意味がない。マルクスも『法哲学批判』で『相手のもっとも強いところを批判せよ』と言っているのだから」とたしなめた。いささか反省するとともに、さっそく『ヘーゲル法哲学批判』を読んでみたが、そんな文言はなかった。それが『人格の理論』に引用されていたのだ。

「グラムシが、政治闘争と軍事闘争では敵のもっとも弱いところをつくべきであるが、理論闘争では敵のもっとも強いところをつけと主張した」(『人格の理論』p.321)。 大学の図書館にいき、合同出版のグラムシ選集をひっぱりだして該当ページをみるが、出ていない。どの全集をみればいいのかというような質問だった。

●ていねいな返事がとどく

 ほどなくして、ていねいな返事が来た。そこには、執筆当時には邦訳がなく、イタリア語原典の全集版の巻数、ページ数であること、合同出版の『グラムシ選集』では、第2巻のp.168~9ページであること、そして、東京に住んでいるので遊びにいらっしゃいとまで書いてあった(当時、私は神奈川県の自宅から大学へ通っていた)。手紙とともに、芝田先生が新聞や雑誌に書かれたもののコピーがどっさり入っていた。

名も知らぬ一学生にここまでしてくれるのかと感激した。送られたコピーも繰り返し読んだ。そして、新宿戸山の自宅にも伺わせてもらった。

それから自宅で開かれている日曜セミナーや水道橋の労音会館での社会科学研究セミナーに顔をだすようになった。

(つづく)


Category: 憲法Q&A   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

憲法はアメリカが押しつけたの?      (憲法Q&A 4)

Q4.そもそも現行憲法は、アメリカをはじめ戦勝国の連合によるGHQが日本に押しつけたものではないでしょうか?


●押しつけ憲法?

「押しつけられた」というと誰もがいい感じがしませんね。それは「押しつけ」という言葉に否定的な意味あいが込められているからでしょう。私たちは、男女平等を押しつけられたのでしょうか?言論の自由なんか欲しくもなかったのに押しつけられたんでしょうか?健康で文化的な暮らしは?教育を受ける権利は?……なんかおかしい。

●落第だった自主草案

 さて、ではどのような過程を通じて日本国憲法はできたのか。

 日本国憲法の原案が、GHQによって作成されたことは事実です。なぜ、GHQが憲法草案をつくることになったのでしょうか?

 ポツダム宣言を日本が受諾し、第二次世界大戦は終結。ポツダム宣言には「民主主義的傾向の復活強化」「言論、宗教および思想の自由ならびに基本的人権の尊重」とあります。これらを現実のものとするためには、大日本帝国憲法の改正が必要でした。

 幣原(しではら)内閣は、非公式でしたが「憲法問題調査委員会」を設置し、秘密裏に「改正案」づくりに着手しました。そこで二つの案が作られましたが、両方とも明治憲法を部分的に手直しした程度のもの。この案が1946年2月1日、毎日新聞によってスクープされ、「保守的、現状維持的なものにすぎない」と報じられました。この毎日の記事をみたGHQはその内容があまりにひどいのに驚き、「日本政府に対して指針を示す」方針に切替えました。

●自由民権運動の伝統を踏まえて 

 このような経過をへて、GHQは憲法草案づくりに着手し、わずか1週間で作り上げました。奇跡のような出来事です。それを可能にしたのは、草案作成メンバーの新しい理想の国づくりへの情熱、憲法改正の方針がしっかりしていたこと、諸外国の憲法を参照していいものを取り入れていったこと、などによるでしょう。

 さらに、日本側の各種草案、とくに鈴木安蔵らの憲法研究会案が検討され、その内容が生かされていることです。

 自由民権運動のなかで日本人が考えた憲法の内容が憲法研究会案とGHQ草案をへて日本国憲法へ受け継がれています。教科書裁判をたたかった歴史学者の家永三郎さんは次のように言います。

「日本国憲法は、その内容において、明治10年代の日本国民が実現しようとして果たさなかった民主主義と平和主義とに立脚する民主憲法の制定を、敗戦という高価な犠牲をはらい、連合国の要求という迂路(うろ)によってではあるが、60余年ののちにようやく実現したものと見ることができるのではなかろうか」(『歴史のなかの憲法』東大出版会)。

 日本国憲法は、明治以来の民衆の願いである平和と民主主義を回り道しながら手にしたものなのです。

ienaga.jpg
(歴史学者、家永三郎さん 1913ー2002)

Category: 憲法Q&A   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

憲法改正はなぜ三分の二?        (憲法Q&A 3)

Q3.国民の過半数が憲法を変えたいと思った時、国会議員の三分の二以上の賛成が必要だというのはハードルが高すぎます。かえって非民主的ではないでしょうか?

●なぜ三分の二なのか

第一に、憲法改正の手続き(96条)がなぜ厳しくなっているのか、ということです。答えは第98条にあります。憲法は最高法規であり、憲法に反する法律、命令……その他の行為は効力がない。憲法は法律や行政の指針なのです。その指針が法律と同じ要件で変えられるのならば、指針としての意味を失います。だから、三分の二という厳しい要件が課せられているのです。

●憲法は人権保障の指針

では第二に、憲法はどういう指針なのでしょうか。それは、憲法11条が述べているとおり、基本的人権を国民に保障するための指針です。

日本国憲法にはたくさんの人権が規定されています。11条から始まって40条まで、思想・良心の自由(18条)、信教の自由(19条)、集会・結社・表現の自由(21条)、学問の自由(22条)、働くものが労働組合をつくりたたかう権利(28条)、裁判を受ける権利(32条)、拷問や残虐な刑罰の禁止(36条)など、権利と政府(権力)がやってはならないことが列挙されています。

こういう大切な人権が、その時々の多数派によって否定されるようなことがあってはなりません。政権をとるために必要な議席は過半数です。単独で過半数にならなければ連立して過半数を確保します。憲法改正が過半数でいいのならば、憲法は政権与党によって、いつでも簡単に変えられます。

●国民の意思表明とは

第三に考えたいのは、憲法改正についての「国民の意思」はどのようにして表明されるのか、ということです。自民党の改憲案に添えられているQ&Aは、国会での手続きが厳格であることが国民の意思を反映させることの妨げになっている、といいます。

しかし、国民の意思は、選挙における投票、世論や運動のかたちでも表明されます。国民投票だけが国民の意思表示ではありません。

改憲の危機、改憲したい人からみれば「改憲のチャンス」は過去何回かありました。しかし、その都度、国民世論は改憲に反対。改憲勢力は議席を減らして改憲の危機は乗り越えられてきました。

●イエスかノーしか表明できない

もう一つ指摘したいのは、国民投票は、国会が発議した改正案に対する賛否の表明でしかないことです。政権与党のつくった改憲メニューに対してイエスかノーか。改憲案に国民の意思が反映されている保証はどこにもありませんが、政権与党の意思は確実に反映されています。かのリンカーンも民主主義の原則をつぎのように謳いました。

 自民の自民による自民のための改憲。

え、違うかしら…。

リンカーン


Category: 憲法Q&A   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

憲法は政治における「誤発進抑制システム」   (憲法Q&A 2)

Q2.「憲法は権力を縛るためにある」と言われています。しかし、それは昔の王様や独裁者の場合であって、選挙によって選ばれた国民の代表が権力を持っている国の場合は当てはまらないのではないでしょうか?


●国政は国民のために

日本は国民主権にもとづく国家であり、国政は、国民が信じて託したもの。託された代表者である国会議員や政府は国民の意思に沿って働くことが要請されます。国民の多様な意思が国政に反映する必要があり、そのための方法が選挙です。有権者の選択と議席はほんらい一致しなければなりません。実際はどうでしょうか?

●得票と議席のカンケイ

2012年12月に衆議院選挙、13年7月に参議院選挙があり、いずれの選挙でも自民党が圧勝しました。

まず衆議院。小選挙区で自民党は300議席の79%にあたる237議席を獲得しましたが得票率はどれぐらいだったでしょうか?8割が自民党に投票したのか?いいえ、4割ちょっとです(得票率43.0%)。4割の得票で8割の議席、民意の倍の議席を獲得したんですね。

つぎに参議院。比例区と地方区という2つ制度の組み合わせで改選議席は121です。自民党は改選議席の53%にあたる65議席を獲得。自民党支持は比例区の得票率で見ると3割(30.6%)にすぎません。

このように衆議院でも参議院でも自民党は実力以上の議席を得ています。選挙で代表が選ばれているといっても、国民の意思とかけ離れた結果になっています。

●誤発進抑制システム

では、民意がより正確に反映する選挙制度になれば、問題はないのでしょうか。今よりは権力に対する歯止めをかけやすくなるでしょうが、油断は禁物です。

人権宣言の先駆といわれているヴァジニアの権利章典(1776年)は「失政の危険に対する保障」が大切だといいます。失政とは国民いじめの酷い政治のことです。今でいえば増税、社会保障の削減などなど。人や組織も誤る可能性をもっている。

憲法学者の水島朝穂さんは、ここに憲法の存在意義があるといいます。「人間は過ちをおかす存在であり、その人間が担い、動かす国家というものもまた、失敗する。その失敗の可能性を最小限化し、失敗からの復元力を最大化しておくために、憲法は存在する」(『18歳からはじめる憲法』法律文化社)。

 自動車に付き始めている「誤発進抑制システム」って知ってますか?

「間違ってアクセルを踏んでも急発進しない?」(役所広司)
「私の過ちを止めてくれるあの日のパパのように……。誤発進抑制システムって、パパの愛です……」(志田未来)

そう。憲法は政治における「誤発進抑制システム」なのです。愛だなあ。

sidamirai.jpg


Category: 経済   Tags: ---

Response: Comment: 1  Trackback: 0  

百円玉のちから。最低賃金引き上げで   景気回復

 TBS系「ひるおび」で作家の、室井佑月さんが「賃上げで景気を良くするなら、最低賃金を上げたらいい」という意見を述べた。すると、コメンテーターとやら(名前は知らない)が、「景気回復は上からやらないと効果がない。底辺をあげても景気回復につながらない」とすかさず否定した。

室井佑月_convert_20140126005351


もちろん、室井さんの方が正しく、コメンテーター氏は間違っている。なぜなら、金持ちはそもそも少ない。カネが増えても消費を増やすのではなく、投資と貯蓄に回す。使わないのだから波及効果も少ない。

それに比べて低賃金労働者(≒非正規労働者)は使えるお金は少ないが、なにしろ数が多い。今や非正規労働者は全体の三分の一を占めるようになっている。

非正規雇用の現状(厚労省HP)

 最低賃金は、非正規雇用とりわけパート・アルバイトの賃金を規定している。さらにいえば正規労働者の賃金もだ。最賃に規定される低賃金労働者の存在は、正規も含めた労働者全体の賃金相場を引き下げるおもりとなっているからだ。

今、広島の最低賃金は733円だ。

DSC_1105.jpg



リクルートの出している「タウンワーク」という就職情報誌がある。「長く続けられるシゴト」というコーナーから10ページ分の時給を調べてみた。

29事業所中、
750円~800円未満が3、
800円~850円が15、
890円~950円が7、
1000円~1200円が4、
である。

DSC_1104.jpg

DSC_1100.jpg

DSC_1101.jpg


最賃すれすれから100円玉1個か2個上乗せが、パート・アルバイトの時給相場なのだ。最賃とみごとにリンクしている。だから最賃が上がれば、パート・アルバイトの時給があがる。

※ちなみに正規労働者の「時給」は、1日8時間(残業なし)、月22日、ボーナス夏冬で3か月分として、年収800万で約3000円、600万で約2300円、500万円で1900円、400万円で1500円となる。300万円だと1150円で、パート・アルバイトの比較的よい時給ぐらい。森永卓郎さんが予言し、現実のものとなった「年収300万円時代」というのは、正規を非正規に置き換えていくこと。あるいは「名ばかり正規」。その筋書きは日経連「新時代の『日本的経営』」(1995年)だ。


もちろん、最賃が上がったからといって、非正規労働者ぜんたいが賃上げになるとは限らない。最賃を上回っている人たちは据え置きということもありうる。しかし、低賃金労働者の賃上げのもたらす効果を検討するので、全体が引き上げられた、と仮定して試算してみたい。


厚生労働省の統計によると現在、批正雇用労働者は1813万人で、そのうちパートが888万人、アルバイトが353万人(パート・アルバイトの合計1241万人)である。

 もしパート・アルバイトの時給が100円引き上げられたらどうなるだろう。

一日6時間で月20日、年間を通じて働くと仮定して計算すると時給100円の賃上げで、年間14万4000円になる。それが1241万人だから、なんと1兆7870億円だ。さらに全労連が要求している140円の賃上げならば、約2兆5000億円になる。

おなじ条件で非正規全体、1813万人の時給100円アップで、2兆6110億円、140円アップで3兆6550億円となるのだ。

ほんとかどうか知らないが、招致委員会が発表した東京五輪の経済効果は、2013年から2020年までの8年間で雇用者所得誘発額は約7500億円、付加価値誘発額が1.4兆円、生産誘発額が約3兆円。

雇用者所得誘発額約7500億円を8年で割れば940億円にすぎない。

最賃の引き上げは、上記の条件で2兆円から3兆円も雇用者所得を増やす。それは消費(物やサービスの購入)へと結びつき、生産を刺激。その波及効果(生産誘発額)はオリンピックをはるかに上回ることになるだろう(金持ちと違い、パート・アルバイトなど非正規の賃上げは、そのほとんどが消費に回るから)。

安倍首相よ、「賃上げできるかが勝負」というのなら隗より始めよ、である。

最低賃金を引き上げ、下から景気を回復させるのだ。

chara_05_img.gif


Category: 憲法Q&A   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

憲法と私たちの関係(憲法Q&A 1)

Q1.そもそも憲法は自分たちにどんな関係があるのか、
よくわからないし、実感が湧きません。


●戦争の歯止めに

 実感が湧かないのは当然です。ほとんどの人が憲法をとくに意識しなくても、生きることに困りません。でも、私たちが生きるうえで憲法も大切な役割を果たしています。

第一は、1945年まで70年にわたる戦争を続けてきた日本が、その後今日まで70年近く戦争のない国であり続けてきたこと。ベトナム戦争や湾岸戦争など、アメリカのする戦争に日本の自衛隊が参戦することの歯止めに日本国憲法はなってきました。

●人間らしく生きることの後ろ盾に

 第二は、私たちが「人間らしく生きたい」と声を上げるとき、大きな後ろ盾になってくれること。有名なのは「朝日訴訟」です。1957年、結核にかかって国立岡山療養所に入院していた朝日茂さんは生活保護を受けていました。保護費の額があまりにも低く人間らしい暮らしには程遠い、「たとえこのため一つしかない尊いいのちが失われるとしても、権力者の冷酷無情な扱いは許すことができない」と国を相手に裁判を起こしました。そのとき、強い味方になったのが、人間らしく生きる権利を定めた憲法25条です。

裁判は一審で勝訴しましたが、東京高裁で逆転敗訴。最高裁に上告したものの、1964年に朝日さんが亡くなったので67年に最高裁は訴訟終了を宣言しました。裁判そのものは負けたかのようにみえますが、一審が終わると生活保護基準額は18%引き上げられ、その後も引き続き引き上げられました。実質的には大きな勝利といっていいでしょう。もちろん、裁判闘争への支援の輪の広がりがあればこそですが、憲法25条のもつ重みを政府も無視できなかったのです。

●国家権力に対する歯止め

 第三は、国家権力に対する歯止めになっていること。国家権力といったら、憲法以上にぴんとこないかもしれません。それはある日突然、私たちの目の前に登場します。

「私が三年間いた学校を退職した時、演劇部の生徒と保護者が集められ、私の日常の言動やビラを持ち帰ったことはないかなどの調査をされたことを知りました。私の通勤途上や休日の活動の克明な写真を見せられたようです」(広島中央保健生協・みんなですこやかな老後を作る会編『いま、言っておかなければ—わたしと憲法』より)

人間らしい暮らしや政治を求めて行動に参加する。ただそれだけのことが監視の対象になり国家権力から干渉を受ける。国家権力は自分たちの秩序(=支配)を守るために、その妨害となりそうな人物を排除しようとします。こういうことがあるから、憲法は、たくさんの自由をさだめて国家権力が人権侵害しないように歯止めをかけているのです。

Category: 都知事選   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

烈しく熱い宇都宮さんの姿をみて、さらに奮起する木内みどりさん

1537667_578149225612015_683807715_o_convert_20140115194452.jpg

昨日、水野誠一さんのツイッターを紹介しましたが、今日は木内みどりさん。あわせて読むとさらによし。



おはようございます。

どういう訳か、宇都宮さんに降りてくれコールをお伝えする役回りとなり、わたしひとりの方が宇都宮さんは耳を傾けてくれるのでは、、、という意見で、私がひとりでお会いし、名誉ある撤退を、、、ということをお話ししました。
それが一昨日。ーー

宇都宮さんはブレません。

勝てそうもないという作られた空気の中で細川さんがまだ正式出馬もしていなくて政策議論もしないで、白旗あげるなんてことはできません。97万人の信頼とこの選挙を戦うぞという支援者の方々を裏切ることはできません。

でも相手は巨大です。

選挙のプロ中のプロが人生最後の選挙をしようというのです。最新式戦車と子ども三輪車くらい違うのです。選挙が始まって毎日毎日突きつけられる「差」に傷つきます。

そんなことは経験済みです。日弁連会長選挙もこちらは三人で相手が東京と大阪合わせて一万人という不利の中、戦いました。ヤクザの脅しなど散々経験してきました。
傷ついてなんかいられません。傷つく姿を見たくない尾羽打ちからした姿みたくないと心配してくださるなら、手伝ってくださいよ。

決めるのは都民なんです。

裏で取り引きして決めるなんてそれじゃ、今までの繰り返しです。
そこを乗り越えるのです。運動ってそういうものです。

鎌田さんに言ってください。細川さんに会ったのですか?この人になら託せると信頼したのですか?会ってもいないのにこちらが勝ちそうだ、、というだけでいままでの長い運動を任せていいのですか。

時にいつもの温厚な宇都宮さんではない、不動明王のような怒りの炎が見えるような、
烈しく熱い宇都宮さんを知りました。

感動しました。脱原発が票割れして負ける。その時が来たら誰にも相談せずご自分で決められる可能性もあると感じました。なにしろ周りが弱体です。

小さいきっかけが実り、座間宮ガレイさんと繋がりました。
名護においでよ。ここからだよ、都知事選はもうここから始まってるよ。

真夜中のツイキャスで見つけたウルトラC。山本太郎さん三宅洋平さん選挙のベースを作った座間宮ガレイさんと横川圭希さんと繋がり、ここを拡げて行けば逆転できるかも、、、と、沖縄、那覇に飛んできてご飯しました。多いに可能性あり、です。

名護市長・稲嶺すすむさんへの必勝祈願檄文を宇都宮健児さんの代理でお渡ししてきます。

説得できなかったのですね、残念です、、という失望メールをいただきました。
が、だれがあの宇都宮さんを説得などできましょうか。自分のできることを見つけてやっていく。今は、行動するときです。今、行動しなくていつやるの?

名護市長、稲嶺さんが会ってくださるそうです。ここ那覇から名護へ移動します。大胆なことをしている自覚がありません。ひとりで自然な流れに乗っているだけなので疲れもいつも通りです。

さ、窓を開けて、今日の始まり始まり〜

Category: 都知事選   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

都知事にふさわしい誠実な人柄 JC主催の討論会に出席せず

舛添、細川両氏ともJC(青年会議所)主催の公開討論会に参加しませんでした。二人とも都知事にふさわしい誠実な態度ですねえ。

以下、宇都宮けんじさんの会見要約です。


細川護煕氏、桝添要一氏出馬を受けて


本日予定されていたJC主催の公開討論会へのは、私だけ。
他の候補予定者が参加しないため中止になってしまいました。

政策を検討して投票するという有権者の権利を奪う行為であり、正々堂々と討論することを求めます。
脱原発での一本化についての質問も多くいただくが、私たちは、公開の場で堂々と公開討論を求めています。

そうした重要な問題についてはコソコソやってはならない。

細川さん自身からも、その周辺からも、こちらの声かけには一切の反応がありません。
会ったこともない、話したこともない候補者と一本化するしないという話になるはずもない。
都政は、原発だけではない。

原発問題についても、原発をゼロにするだけではない。

東京にも多くおられる被災者のこと、汚染問題などにも向き合いながら考える問題である。
01 2014 « »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

アクセスカウンター
本を買うなら
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Archive

RSS