パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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私の心は曇りです

 ブログに向かう気力がないまま一週間が過ぎました。

 新江(山ノ木竹志)さんが亡くなったことと、それとはまったく無関係に「死にたい」という高校時代の友人のメール&電話への対応で、どんよりとした日々を過ごしました。

 友人は、長年勤めた職場を辞め、いくつか転職したもののうまくいかず、どんどん自分を責めて、心を病んでいきました。
 
 「再就職すればなんとかなる」と思ったようなのですが、4日目でアウト。職場にいかれなくなってしまいました。
 
 「もうどうしたらいいかわからないヨ 死にたいです」
 「どうして俺は真面目に生きてきたのにこんな目にあわなければならないのかもう分かりません。俺がバカなのですか」

 「どうしてまわりの人たちは分かってくれないのですか?」
 「俺は死んだ方がいいのでしょうか?」
 「明日、広島へ行きます。もし明日二見君に会えなければ俺は死にます」

 そして、27日の夜、電話してきて、「俺はなんか悪いことをしたのか」とウォンウォン泣いて訴えます。

 「あんたは何にもわるいことはしていない。そういう社会のしくみなんだ」といったものの、それが分かれば、こんなことにはならない。

 とにかく、広島に来るにしても、医者に行ってこいと諭しました。28日の朝に彼は病院に行ったようで、一ヶ月の入院が決まりました。

 やれやれ、です。しかし、湯浅誠さんがいう「すべり台社会」とは、こういう精神状況に人びとを追い込むのですね。

 こちらもあまり健康でないので、ちと対応がしんどいです。

 そんな一週間でした。

 

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山ノ木竹志逝く。

畏友、山ノ木竹志(本名 新江義雄)さんが昨日(10月23日)午後2時に亡くなりました。1年ほど前に大腸ガンが見つかって闘病中だったのです。

 昨日の朝、I口弁護士から「新江さん危篤」の連絡があって、病室に行きました。顔を動かして必死に呼吸をしている状況。「新江さん、もう一曲作ってや」と声をかけましたが、返事はありません。後ろ髪を引かれる思いで、京都に向かいました。日本のうたごえ祭典が京都であるのです。

 午後2時過ぎ、第一学習社労組の元委員長、高瀬さんから「いま亡くなった」と訃報が入りました。
「ああ、ついに逝ってしまったのか」

 合唱発表会Aでは、山ノ木竹志作詞作曲の「人間の歌」をうたったグループが4つ。山ノ木日本語詞の「ディープリバー」をうたたグループもいましたし、広島合唱団は「歌わずにいられない」を涙をこらえて歌ったのです。どのグループの歌も、とてもよかったです。
 指揮者、高田りゅうじさんが「本日、山ノ木竹志こと新江義雄が亡くなりました」と伝えると会場はどよめきました。

 山ノ木さんとの出会いは1992年1月。

 第一学習社争議の解決まぎわでした。アステールプラザで、2月18日「争議解決をめざすつどい」を開くことになっていて、その準備のなかでです。ボクはつどいの「名ばかり事務局長」でした。

 集会成功に向けて組織は着々と進んでいました。しかし、中身が決まらない。ゲストに梅原司平さんを呼んでコンサートをすることだけは早々と決まっていましたが、第一学習社労働組合の19年のたたかいをどうやって伝えるのかが決まらない。

 ただのコンサートじゃあだめ。演劇にすべきだという意見(ボク!)があるものの、シナリオができない。音楽センターの専従でこの集会の担当だった中島雅美さんが正月明けに不慮の事故で亡くなる。さてどうするのか、そういうせっぱ詰まった状況のなかで、新江さんは登場したのです。集会当日までわずか、1ヶ月。

それはまさにドラマのようでした。新江さんが企画グループに加わってから、「合唱構成 人はみな人間らしく生きたい」が動きだし、第一学習社労組の組合員と家族の証言、映像、山ノ木竹志の作り出すうた、で舞台がつくられていきました。

 当日は、1200人の会場に1400人を超す人びとがつどい、舞台の進行とともに、怒り、共感し、涙する集会となりました。
 会社は、集会翌日、労働組合に対して「争議解決」を約束。高瀬さん、小林さんの解雇は撤回され、
20年近くつづいた争議は全面解決したのです。

労働者のたたかいと文化運動ががっぷり組みあい、力をあわせるとこんなことができるのだ、ということをボクは身をもって知りました。

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厚労省 相対的貧困率 初めて発表

 厚生労働省は20日、「相対的貧困率」を初めて発表しました。

全人口の可処分所得の中央値(07年は228万円)の半分(114万円)未満の人がどれだけいるのか、というのが「相対的貧困率」です。

低い方から高い人までずらっと並べてその真ん中の半分以下は「貧困」だとみなします。
OECD(経済協力機構)が採用している計算方式です。
相対的貧困率の考え方
(厚労省のプレスリリースより)

 「所得」は収入から税金と社会保険料を引いたもの。(給付がある場合は足す)


ですから、07年でいえば、税金と社会保険料を引いた残りが114万円に達しない人がどれだけいるのかということになります。
 その率、15.7%。7人に一人が年収150万円に届かない。

政府は長年にわたって調査をせず、貧困の実態を覆い隠そうとしてきました。

湯浅誠さんは、著書『反貧困』(岩波新書)で、
「なぜ、日本政府は貧困問題に向き合おうとしないのか。日本社会における貧困の広がりを認めなければ、貧困が生みだされる社会構造はそのままに放置され、貧困はさらに拡大する。生活苦による犯罪、児童虐待を含む家庭内暴力、自殺は減ることはなく、社会の活力はますます失われ、少子高齢化にも拍車がかかっていくだろう。ただちに大規模な実態調査を行い、その結果を踏まえて対策をたてるべきである」(102ページ)
「政府を始めとする日本社会総体は、貧困問題に関して、依然としてスタートラインにさえ立っていない」(104ページ)

と告発し、その調査を求めていました。

民主党政権になって、そのスタートラインに立ちました。おおいに評価していいと思います。

明らかになった貧困ライン、所得114万円。
これに満たない人をなくすことがつぎの課題です。

そのために、最低賃金を時給1000円に引き上げることが一つ。
また、派遣労働を原則禁止し、低賃金労働の温床をなくすこと。

生活保護の老齢加算や母子加算を復活し、保護費も引き上げる。

貧困ラインに満たない国民年金受給者に対しても加算をすること。

労働政策と社会保障政策を重ねあわせて、「セーフティーネット」の網目を細かくすることが求められています。
省庁再編で「厚生労働省」になりましたので、その名にふさわしく、縦割り・縄張り主義でない、総合的な施策を打ち出して欲しい。

 財源は、いままで大まけにまけてきた、大企業と大資産家への税金を1989年の水準に戻せばいいのです。そうすると法人税で4.4兆円、所得税で1.2兆円、それに連動した地方税6000億円。合計、6.2兆円の財源が生みだされます。それに加えて大企業むけの優遇措置を是正するとなんと20兆円(自治労連「大企業・大資産家に応分の負担を求めるQ&A」パンフレット)。

民主党がマニュフェストにかかげた「中小企業に総額2100億円の財政・金融対策」の財源だって余裕でひねりだせます。

生活保護の老齢加算・母子加算の復活に必要なのは490億円にすぎません。

子育て支援の財源を、扶養控除、配偶者控除の廃止など、庶民増税に求めるやり方は間違いです。
これでは、ビンボー人のいす取りゲームになってしまいます。カネのあるところから取るのです。
 
 ちなみに、輸出企業は消費税が戻ってくる(日本の消費者=国民が負担する税金だから外国へ輸出する車には消費税がかからない)のですが、トヨタ1社で年間いくらでしょう?

2008年3月決算で3,219億円です。 トヨタは受け取りを辞退して、中小企業予算にしたらいいのではないでしょうか?(こんな税金は廃止すべき!ですね)

最低時給が1000円になったら、中小企業の多くは倒産するか、人を減らすかして、雇用そのものが失われ、非現実的だという意見もありますが、とんでもない。
もちろん、政府による中小企業対策の抜本的な強化、時給引き上げのための援助は必要です。

きちんと賃金を払えるだけの、仕事と単価をつくりだすことが大切です。

低賃金労働者の賃上げは、消費にすぐに結びつきます。
それは、中小企業の仕事を増やすことにも繋がるのです。
労働総研の試算によると、生産誘発効果、2兆6000億円です。

時給1000円波及効果



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ぽたりぽたりとしずくのごとく

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(題字は赤が「い」→「ろ」→「は」と移動していく。だから第4号は「に」よ。これ、I 口弁護士のアイデア)

「いろはにこんぺいとう」、創刊から4か月がたち、3粒となりました。
「目標2000部!全都道府県に読者を!」ですが、いずれもまだ達成しておりません。

しかし、しずく工房の名のごとく、ぽたり、ぽたりと一粒ずつ、増えていっています。

第3号、400あれば足りるだろうと印刷したら、足りなくなって急遽100部増刷しました。

500部を超して2010年を迎えたい!と思います。

「うたごえ新聞」の10/26.11/2合併号に紹介記事が載りました。

広島県労働者学習協議会講師、広島県九条の会ネットワークの事務局を務める二見伸吾さんから「いつか紹介してね」と送られてきた本書。もう3号がでているか。
第2号は、連載講座「主権者力を磨く」-第2章「こころ優しき日本国憲法」。まず開くと「ひとつぶの涙」(笠木透詞、上田達生曲)。そして、「日本国憲法の土台は全文+9条、柱は13条」から始まり、日本国憲法の支柱が、イラストや写真入りでわかりやすく解きほぐされていく。500円。詳報続報。
発行しずく工房 電話・ファックス082-291-3911


これが載っただけでもありがたいのに、詳報が載るのかあ。
そういえば「紹介してね」とM輪編集長にお願いしたら「まかしとき」という心強い返事をもらったのだった。

昨日、山口県の光9条の会の人から電話をもらいました。
「この冊子は市販されているのですか。学習会でつかいたい」

なんと、上田達生さんに送った「こんぺいとう」を借りて読んでいるというのです。

気に入っていただいたようです。ほめていただきました。

「市販はされていませんが、ご注文いただければ何部でも送りますよ」

うれしいなあ。人から人へと広がっていく。

「このしずく あふれて 大地潤せ 草花よ 根を張れ どこまでも深く」(比嘉昇作詞/どすこいぶらざーず作曲「しずく」)

「こんぺいとう」第4号は、当初の予定を大幅変更。
自民党の改憲案の検討だったのですが、政権交代となり、改憲案じたいがお蔵入りになったからです。

 死んだ犬をたたく必要はありません。もちろん「壊憲」策動そのものがなくなったわけではありませんが、つぎにでてくる改憲案は、違った装いをもって登場することになるでしょう。

 ですから、4号は、新しい政権のもとでの日本国憲法をめぐる情勢と、改憲の震源地である、日米安保条約・日米同盟の歴史的な展開を検討します。自民党の改憲草案についても、そういう歴史的な展開の一こまとして分析することにしたい。日米安保と日米同盟の展開は5号へと続きます。

2010年は、新安保制定50年です。
安保が分かれば、改憲の本質が分かり、憲法を生かす道も見えてきます。
諸悪の根源、安保。

乞うご期待。
 


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国家戦略室 政策参与 湯浅誠さん来る 11月2日

今日は、広島県9条の会ネットワークの会議でした。

11月2日、湯浅誠さんを招いて講演会をします。
yuasa01.jpg

数日前、I口県ネット事務局長から「湯浅さん来れないかも」メールが来て、びっくり。頭真っ白。

国家戦略室の政策参与に湯浅さんがなって、2日は初出勤日なのです。

すぐさま「湯浅さんの代理は、小田実さんか加藤周一さんでないと納得せんよ」と脅迫メールを返信。

I口さんも忙しい中、湯浅さんと話し合って、なんとか来てもらうようになりました。

湯浅さんがとあるメーリングリストに送ったものを転載します。

このたび国家戦略室の政策参与への就任が内定しました。
主な仕事は年末対策で、とにかく人々の貧困化を防ぎ、去年のような事態を回避することが目的です。
さっそくいろいろな「障壁」にぶつかっていますが、あと73日。できるかぎりのことをしていきたいと思います。
政策参与は非常勤国家公務員であり、権限がない代わりに発言等の制約もありません。
社会に対する働きかけはこれからも続けていきますし、また、そうした運動が強くなければ、中で騒いでも迫力がありません。
今後ともよろしくお願いします。


「湯浅さんは取り込まれるんじゃないか」という心配の声を何人かから聞きましたが、ボクは「まったく心配なし」と答えています。

東大出のくせに上昇志向まったくなし、外来語を振り回すことなく、「溜め」なんていう大和言葉の概念を考え出す、どえらい人です。

 貧しい人たちの役に立たないと判断すれば、すぐさま政策参与を降りるでしょう。

「ヤ**-先生」とは違うのよ。

11月2日は政策参与就任初の講演です。満席で迎えたいですね。Taro-11.2チラシのコピー


 




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ご心配をかけました

一ヶ月近い沈黙がつづき、「どうしたのか」という問い合わせ、激励書き込みをいただきました。

いろはにこんぺいとう第3号をつくって、配り、1週間ほどの旅にでて、すっかり疲れ果ててしまいました。

 鬱が戻ってきたのです。4月からずっと好調だったのですが、ちょっと無理をするとこういう羽目になります。

 25日に豊橋で、26日には三重県の伊賀の里でおしゃべりをし、27日は愛知の友人、H田さんと飲み語り、そして神奈川の実家へ。28日と29日は「死にたい」という高校時代の友人の相談に乗り、30日は神奈川学習協の「学習の友」読書会に飛び入り参加。10月2日は、東京大田区で李政美さんのコンサートを堪能。

3日は午後から東京で憲法会議の学習会に参加。山田朗さんと杉原泰雄さんの講演を聞き、新幹線に乗って岡山へ。友人、N久さんと飲み語り、4日午前はI原さんとコーヒー。午後は9条の会の中国ブロック交流会(12月12日)の打ち合わせ。

旅の途中からぐったりで、広島に戻ったら、電池切れ状態になってしまいました。

2週間ほど、何も手が着かず、「扇風機をしまえ」「マンションの点検日を決めて掲示板に記入せよ」など妻の指示・命令が実行できず、妻のイライラが募る。怒りのこもった再度、再々度の指示におびえ、また気分が落ち込む…。 やっとできたけど。

 鬱になると、元気だったら簡単なことができなくなるのです。

神奈川滞在中に『私のうつノート』
私のうつノート私のうつノート
(2008/10)
読売新聞生活情報部

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を読みました。

治ったと思ったらそれは「軽そう(躁)」だった、そして再びうつへ。という記述にどきっとしました。

ボクもそうかもしれない!!!

今回は比較的短期間だったので、よかったですが、無理のできない心とからだになってしまったのですねえ。

 妻には「もうそういう年」だと言われますが…。

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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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