パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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薔薇豪城さんのこんぺいとう紹介

友人の薔薇豪城(ローザ・ルクセンブルク)さんが、こんぺいとうを彼女のブログで紹介してくれました。そのまんま転載しちゃいます。

 まなびの草紙 憲法編 「いろはにこんぺいとう」の第3号が届きました。今回は「日本国憲法の原点 ヒロシマ」と題して、さまざまな切り口からヒロシマのこと、関わる人びと、作品たちを紹介しています。

 その前に、同封されていた
「国鉄のうたごえ結成55周年記念CD「連帯~明日への切符」のご紹介をしたいと思います。
 こんな文章があります。楽天さんでも扱っていますので、上の写真をクリックしてみてください。

「1987年3月31日。あの日、俺達は国鉄本社を包囲し,声のかぎりにうたい『分割・民営化』に抗議した、、、。この『分割・民営化』の本当のねらいは何だったのか。
(中略)
 当時の中曽根内閣は『行革の203高地』と言い放ち、国鉄、全動労の解体を最大の目標に『分割,民営化』を強行した。」

 いろいろな歌が20曲入っています。
「おお我が鉄道人生」は
♪ SLマニアの少年が 夢を膨らませたあの日
鉄道員になれたあの日の嬉しさ
なつかしい友の顔が目に浮かぶ
窓の景色とともに走り去る
おお我が鉄道人生♪

という歌。「さらし者のブルース」は

1♪学生達に 笑われながら
いい年をした ベテラン機関士が
なれない手つきで 声をからして
ジュースはいかがです みやげはいかがです
人通りはげしい 駅前の舗道
おりたたみの机 2つならべて
手書きの看板に 臨時売店
さらし者の俺達さ 胸を張って生きていくさ
どんな仕事をしていても 俺達は国鉄労働者
2♪出向命令 人ごとじゃない
次は俺だろうか 仕事はうわのそら
機関士も車掌も そんな思いで
あげればきりがない 小さな事故とミス
金もうけの為 安全は2の次
もの言わぬ労働者を 育てるのが一番
いつか大事故が おきないように
ジュースを売りながら 目を光らせている
さらし者の俺達さ 胸を張って生きていくさ
いいたい事も言えぬようじゃ
この世は真っ暗闇の中

 組合を抜けなければ「さらし者」にされてしまった、腕の良い機関士やレールの声が聞き分けられる線路のプロたちが、みせしめに売店や構内の立ち食いそばで働かされた、国鉄労働者のうたごえのCDです!それなのに聴くと元気が出るのはなぜでしょうね。確かな思いと仲間の連帯があるからです。

 さて、「いろはにこんぺいとう」の3号は、ヒロシマです。はじめに、広島市長だった浜井信三さんが1965年に書かれた文章が紹介されています。

「広島の原爆については、いろいろな人の手によって記録が書かれ、詩に歌われ,絵画に描かれ,映画も作られたが、そのいずれもがわたくしたち、直接原爆を体験したものから見れば実感にはほど遠いもののようにさえ思われた。それほど、その惨状は,人間の想像力や表現能力を超えた非人間的なものであったということができる。
 それにもかかわらず、わたくしたちはこの事実を、できるだけ広く人びとに伝えなければならないと思う。その偽らない事実の中から、人類の将来を予見することができるからである。」

 それから「たくさんの悲しみをかかえて生きる」生きた,人たちの記録。
 死んだ友達の思い出の中で「生き残ったうしろめたさ」をかかえ、「生きる不安と怖れ」の中で生きるひとたち。

 それから「ヒロシマ」を伝える作品たちの紹介です。
 今年、NHKで安達祐実さんの朗読で紹介された、天野夏美さん作の「いわたくんちのおばあちゃん」

 宮沢りえちゃん主役で、こまつ座の芝居や映画になった「父と暮らせば」
 こうの史代さん作の「夕凪の街 桜の国」
 皆実の心の声
「あれから10年 しあわせだと思うたび 美しいと思うたび 愛しかった都市のすべてを 人のすべてを思い出し
すべて失った日にひきずり戻される おまえの住む世界は ここではないと誰かの声がする」

 それから、平和を守り核兵器をなくすための被爆者たちのたたかいと連帯の紹介です。

 そしてまとめはこうです。
「戦争を憎み,人間らしく生きること。恐怖と欠乏から免れ,自由にそして豊かに生きる。沖縄の心とヒロシマの心は日本国憲法にまっすぐ結びついています。」

 読み易いカラフルな「まなびの草紙」です。
 九条の人びとの紹介は,今回は「井上ひさし」さんです。

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いろはにこんぺいとう第3号の正誤訂正&内部被曝について

まず、正誤訂正から。

26ページ上から9行目

誤)この3つの話がどうつながるのか、3回読んでようやく登場人物がつながりました。

正)この3つの話がどうつながるのか原作ではちょっとわかりづらい。3回読んでようやく登場人物の関係が分かりました。

31ページ 上から13行目

前進の倦怠感→全身の倦怠感

31ページ下から7行目

誤)国は、爆心から2キロで線引きして、その内側で被爆した人で、しかも特定のがんや傷病の人以外は「原爆放射線によるものではない」と切り捨ててきました。

正)国は、爆心から2キロで線引きして、その内側で被爆した人で、しかも特定のがんや傷病の人しか認定してこなかったのです。それ以外は「原爆放射線によるものではない」と切り捨ててきました。(赤字を挿入)

42ページ 下から4行目

「ヒロシマにこころ」→「ヒロシマのこころ」

46ページ 左側 下から11行目

政治を行う川→政治を行う側

 お詫びして訂正いたします。ご指摘いただいた方々に記して感謝。


原稿の段階で見ていただいた沢田昭二さん(名古屋大学名誉教授)からメールが届きました。

(沢田さん)『まなびの草紙 憲法編 いろはに こんぺいとう』の創刊号から第3号までお送りいただきありがとうございました。

ユニークな憲法学習の冊子で、第3号は長崎大学の七條さんのプルトニウムから放出されたアルファ線が人体組織を約30ミクロン走ったときの飛跡の写真、8月6日の麻生前首相と日本被団協の確認書まで載っていて、手早さに感心しました。

私は8月7日に、私が広島から長崎駅に到着するのを七條さんが待っていて下さって、昼食をとりなが
ら2時間近く話し合いました。

生きている人は新陳代謝で体内に取込んだプルトニウムも100日ないし1年で半分になるほど排出してしまいますが、死亡した人の組織標本は新陳代謝をしないので、プルトニウムが残り、組織標本に薄く貼付けた原子核乾板とよばれる感光フィルムを貼付けておくと、プルトニウムが放出したアルファ線がこのフィルム内を走って、フィルム内の銀の粒を感光させて現像すると黒い点々になってアルファ線の飛跡を捉えることができます。


共同通信が配信した長崎大学の七條助教らが撮影した「放射性下降物質がいまな放射線を放っている写真とその記事を転載しました。そのことへのコメントです。

 生きている人の場合は1年ほどで排出するのならば、内部被曝による後障害はどのように説明するのだろうか?すぐさまメールし、沢田先生もすぐにまた返事をくれました。メールって本当に便利。

(沢田さん)生きている被爆者は、放射性物質が滞留している器官や組織、放射性物質の形態や化学的性質によって大きく異なりますが、新陳代謝によって排出されて年とともに減少して行きます。

例えばセシウムですと約100日で半減するので、1年で一桁小さくなります。3年経つと1000分の1ですからまったく検知できなくなります。

被爆者に残っているのは、原爆爆発の瞬間に放出された初期放射線のガンマ線や中性子線によって瞬間的に身体の外から「外部被曝」します。また、放射性降下物や爆心地に近いところでは中性子を吸収して誘導放射化した物質の微粒子を、呼吸や飲食を通して体内に取込み、その放射性物質が体内で放出した放射線を浴びる内部被曝をします。

これらの放射線は体内の組織のDNAや生体の細胞を構成しているタンパク質などの分子を切断して傷つけています。切断されたりしたDNAなどのタンパク質の分子の大部分は元通り修復されますが、修復されないものも残り、細胞分裂でそのまま傷を残して残るものもあります。

このようにして、生きている被爆者の身体に放射性物質は排出されて残りませんが、放射線によってつくられたDNAなどの傷はいつまでも残り、がんなどの晩発的障害を引き起こすことが起こりえます。

被爆者のそばにいくと放射能が移るとか言うのはまったく根拠のないことです。

これに対し、七條さんらが見出したのは、被爆して間もなく死亡した人の保存されていた組織で、新陳代謝が行われないため、放射性降下物のプルトニウムが内蔵組織に留まっていて、放出されたアルファ線の飛跡を写真乾版につくりだすことができたわけです。


(二見)ありがとうございます。よく分かりました。

内部被曝による障害は「放射線物質によるDNAの損傷」によって引き起こされた
可能性がある、ということですね。

なぜ、数十年もたってから病気を引き起こすのか?
放射性物質が長く残存するからではなく、DNAが傷つけられるから、ということなのですね。

まだまだ理解が不十分でした。


沢田さんから8月2日神戸で開かれた原水爆禁止世界大会科学者集会での報告原稿「原爆被爆者集団訴訟が明らかにしたもの」を送っていただいたので、じっくり勉強したいと思います。

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耳より情報 渡辺治講演会

来年の話だけれど、渡辺治さんが広島にやってきます。前回来ていただいたのは2002年。

渡辺治
7年ぶりの広島講演になります。

私が渡辺さんの名前を知ったのは、東大出版会から出た『講座日本歴史12 現代2』(1985年)に収録されている「保守政治と革新自治体」を読んだとき。一橋大学の中村政則先生の院ゼミで合評しました(ボクはもぐりです)。


 大学4年とその翌年、一橋の大学院を受けましたが、不合格。もう、研究者の道はあきらめようとアルバイトしていた学習塾に1987年就職しました。

 塾の仕事は楽しく、やりがいもありました。しかし、生活が安定してくると「このままでおまえはいいのか」という内なる声が聞こえてきたのです。

 そんなころ、神田神保町の岩波ブックセンターに『現代日本の支配構造分析 基軸と周辺』(花伝社、1988年1月)が平積みになっていて、手に取り、もちろん、買いました。
支配構造分析

 その内容にぐんぐん引きつけられ、赤い線やら青い線やらを引きまくりながら読んだのです。

なぜ、労働者はけっして生活が楽でもないのになぜ支配の網の目にからめとられていくのかがクリアに説明されていて、なるほどそういうことだったのかと眼からウロコ。

では、その支配の網の目からどうやってぬけだせばいいのか?? 知的好奇心がかき立てられ、やっぱり研究がしたい!と思ったのです。

そして気づきました。自分は近代史の研究者になろうと思っていたが、自分が一番知りたいと思っていることは、現代日本=いまなのだ、ということを。

 研究対象を近代民衆運動から現代の労働運動に移し、さてどこの大学院に行こうかと探して、広島大学を受験することにしたのです。ですから、現在のボクがいるのも、広島で生きているのも、その原因のひとつに渡辺治先生の存在があるのです。

 生身の渡辺さんの講演を最初に聞いたのは、1988年7月16日。
たしか、江ノ島の女性教育センターで、主催はかながわ総研だったかな…

なぜ日にちを覚えているのか?
『現代日本の支配構造分析』にサインしてもらったからです。厚かましく一言書いて下さいとお願いして「現存する社会の困難を克服しようとする志を共有して」と書いていただきました。

以後、すべての論文とはいえませんが、単著のものはほぼ読んでいます。渡辺フリークの一人です。

次にお会いしたのは広島。2002年のことです。広島自治体問題研究所と広島県労働者学習協議会の共催で、会場は東区のロードビル。会場は満杯で大成功でした。

おっと肝腎なことを忘れていました。講演会はいつどこでやるのか

2010年1月16日(土) 1時30分~(開始時間は若干動くかも知れません)

会場 平和公園 東館地下 メモリアルホール

参加費 999円

主催 広島自治体問題研究所

 


広島自治体問題研究所の設立30周年記念講演会だそうです。


 

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大変な一日 こんぺいとう始末記

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(9月14日天満川河岸から見た東の空)

今日は、「いろはにこんぺいとう」の印刷でした。

朝、9時すぎ、某印刷所にいきスタンバイ。9時40分に紙屋さんが用紙をもってきてくれて、印刷スタート。印刷機オルフィスはだだをこねることなく、スムーズに稼働。昼をはさんで3時半に印刷終了。
おお、ばっちりやないか。

印刷したものを台車にのせ、製本屋さんに持って行くのだ。すると、な、なんとエレベーターが点検中。
しばらく待つものの動く気配はない。1階に下りて張り紙を見ると点検終了予定は5時(-_-;)

やむなく、4階から1階まで階段でいくことに。5往復はせねばと思っていたが、こころ優しい美女二人が、助けてくれて2往復で済んだ。団結の勝利である。感謝。

「4時にはジエンドだ。あとはできあがるのを待つのみ」と台車を押す手も心も軽い。15分ほどで製本屋さんにつく。おかしい。引っ越しのような片付けのような…。荷物をどんどん出している。

しばらくして奥さんが出てきた。「夫が脳溢血で倒れて、廃業しました」

「えーっ」 呆然と立ちすくむボク。こんなときに限って財布も携帯も印刷所に置いてきた(*_*)
奥さんはかわりの製本屋さんを教えてくれたが、南区で徒歩ではいけない。カネはない…。

しかたなく、印刷所に戻ることに。行きとうって変わって足取りは重い。「行きはよいよい、帰りは怖い」とはこのことだ。印刷所に戻って携帯でブラザーK栖に電話してSOS。

夕飯の買い物をしていたようだが、事情を話して車で来てもらった。ありがとうブラザー(^_^)v。

紹介してもらった製本屋さんも感じがいい。水曜日昼にはできあがる。ああよかった。

千田町の製本屋さん、ご主人は無口だったけど、仕事が丁寧でした。いかにも職人っていう感じ。
安くてきれいにしあげてくれて、そんでもって近かったし、とても残念です。

短い期間だったけどありがとうございました。





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今年は湯浅誠さん 2009憲法のつどい ひろしま

今年の11月2日、「憲法のつどい ひろしま」は、反貧困ネットワークの湯浅誠さんを招きます。


11.2Mon18:30~21:00
平和記念公園内 広島国際会議場 ヒマワリ


参加費  999円 障がい者・高校生以下無料

手話通訳・保育あり(保育は要予約)

■主催 広島県9条の会ネットワーク
連絡先 石口俊一法律事務所 082-222-0072 広島市中区八丁堀4-24-7F
■共催 ひろしま医療人・九条の会
連絡先 広島県保険医協会内 082-262-5424 広島市南区金屋町2-15
Taro-11.2チラシのコピー

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いろはにこんぺいとう 第3号編集終わる

ようやく「いろはにこんぺいとう」第3号の編集が終わりました。

編集後記をここに掲載させていただきます。

連載「主権者力を磨く」のもともとは、2005年に広島で開講した「憲法語り部講座」です。広島市内2か所と廿日市市で合計10回開催しました。

 この講座に本章「日本国憲法の原点 ヒロシマ」はありませんでしたが、本にしようと考えたとき、憲法の真の生誕地であるヒロシマについて、自分なりにまとめてみなくてはと思いました。

しかし、被爆者でもなく、広島で生まれ育ったわけでもない私が「ヒロシマとは何か」を書くことは正直、気が重い。

 そんな私を後押ししてくれたのが『夕凪の街 桜の国』(2004年)です。こうの史代さんは、ほぼ同世代 (1967年生まれ。私は63年)。私が知りえたヒロシマを私なりにまとめてみました。どれたけ実像に迫れたか、正直、自信はありません。

 2007年に東京へ行った際に、沢田昭二さん(名古屋大学名誉教授・物理学)に会い、原稿を渡しました。すぐに読んでいただき、誤りをたくさん指摘していただきました。また、畏友、浜崎理恵さん、栗栖慎一さんにも原稿を読んでもらい、貴重な意見をもらいました。ここに感謝申し上げます。

 オバマ米大統領のプラハ演説を契機に「核廃絶」への新たなうねりが起きています。核兵器をなくすカギは被爆の実相をどれだけリアルにつかむか、つかんだ人がどれだけ増えるのか、にかかっていると思います。本章がそのための手がかりになれば幸いです。Taro-003ヒロシマのこころを聴くのコピー


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やります! 李政美(いぢょんみ)ライブ

李政美009

畏友、山ノ木竹志さんが「いいでぇ、聴いてみ」とCDを貸してくれたのが、ボクが李政美(いぢょんみ)さんのことを知ったきっかけです。

 山ノ木さんと「いつか広島に呼びたいよね」とよく話していました。

 たしか、2006年12月、オーチスというライブハウスに李政美さんがやってきたのです。
CDもよかったけど、ナマはもっとよかった。

 今年も12月に広島に来る予定になっていました。また聴きにいくぞうと期待をふくらませていたのですが…。
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7月18日、東京滞在中に、山喜というお店でちっちゃなライブがあって、いそいそと出かけ、終わった後の懇親会で「12月楽しみにしていまーす」と言ったら「ごめんなさい。あれは中止になったの」とぢょんみさん。
yamaki002.jpg

「えっ……。なら、どこかへくっつける形(交通費が高いからねえ、広島は)ならやります」と主催者宣言。まったく、いつまでもフライングの癖は抜けない。

 日程を調整していたんだけど、本日、ぢょんみさんから電話があって、決まりました。

会場決まりました。

音楽喫茶 ヲルガン座 
広島市中区十日市町1丁目4-32-2F
    電話 082-295-1553
2009年11月15日(日)18:00~
前売2500円/当日3000円 +1オーダー


とってもいいんだから。聴いてソンはさせません。

いぢょんみさんのホームページはここ

主催 いぢょんみの会・ひろしま (またでっちあげてしまった) 
  
問い合わせ先  しずく工房(ふたみ)080-6750-5432 Fax.082-291-3911

 メールはここへ
Taro-2009年11月ライブ(カラー)1のコピー

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なかよし保育園 35周年 新園舎落成祝賀会

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(9月6日 天満川から見える朝日)

9月6日、なかよし保育園35周年&新園舎落成祝賀会に参加しました。

我が家の3人の子どもたちがお世話になり、ボクは保育園の日照権運動にずっぱりはまって、
いまではこの保育園を運営する愛児福祉会の理事になっています。

理事長はI口弁護士。I口さんも日照権裁判の弁護団事務局長になったことが災いして理事長就任。
3つの園舎の借金の連帯保証人で、昨日の挨拶でも「重い」と言っていました。

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とても素敵な保育園で、子どもたちはのびのび育っています。うちの娘2人は保育士志望。
ボクもなかよし保育園で育ちたかった。

西区中広にあるちっちゃな保育園がいまでは3園に。そして元祖なかよし保育園の園舎はボロボロでした。

我が子が在園中になんとかしようと「新しいなかよしをつくる会」の運動にも取り組みましたが、そのときは残念ながら成就しませんでした。

 しかし、今回ようやく広島市の予算がついて、めでたく新園舎が完成したのです。

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お日さまがたっぷり降り注ぐ素敵な園舎です。ちっちゃな敷地はどうしようもありませんが、設計士さんの知恵で、みごとなビフォー&アフターになっています。

匠の技に感謝です。

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命脈尽きた自民党

 自民党は2005年の総選挙でギャンブル(by麻生首相)勝ちし、悪政の限りを尽くしました。
その結果の大敗といえますが、歴史的にはとっくの昔に自民党は賞味期限切れでした。

グラフをみてください。
自民党議席占有率

1990年代、90年と2005年を除き自民党は議席占有率でも半数に届いていません。
90年代以降の得票率はさらに低い。

90年以降の自民党のコピー

小選挙区で、4割台、比例で3割台です。

本当なら90年代に自民党政権は終わっていたのです。しかし、自民党はそれから10年~15年ほど政権を維持してきました。それを可能にしたのは3つの延命装置があったからです。

 第一は1996年の第41回総選挙から始まった小選挙区制です。

 1996年 39%(得票率)→56%(小選挙区での議席占有率)
 2000年 41% →59%
 2003年 44% →60%
2005年 48% →73%
 2009年 39% →21%

 相対的に第一党なら得票率より15~20ポイントも議席が上積みされる。96年と今回と同じ得票率(39%)なのに96年は56%の議席がえられ、09年は21%しか得られない。はからずも麻生首相が言ったように一か八かのギャンブルなのです。 

 相対的に第一党であった2005年までは自民党ふくらまし粉として小選挙区制は機能したといえるでしょう。最大の問題点は民意が正確に反映されないということです。

 得票率の低下を選挙制度でカバーしてきたのです(実はそれ以前も定数是正をしないということで議席を水増ししてきました)。

 延命装置の第二は公明党です。1999年、自民(小渕首相)、自由(小沢一郎党首)、公明(神崎武法代表)の連立政権を樹立しました。自由党は2000年に政権を離脱し自公政権に。創価学会票で自民党をささえ続けました。

 05年の総選挙では、自民党の小選挙区当選者の86.8%が公明党の推薦を受け、「公明党の推薦がなかったら、多くの選挙区での結果は逆転していた」と冬柴鉄三幹事長(当時)が豪語したほど。

 しかし、年金、医療、介護など社会保障の後退に手を貸してきた事実を覆い隠すことはできません。
「生活を守り抜く」どころか、生活を壊し抜いてきたのです。

自民党は学会票をあてにして、民意を顧みず、公明党は政権にしがみつくために、「平和の党」「福祉の党」の看板を投げ捨てました。

 自民党の延命装置としての機能不全は、公明党そのものの惨敗となったのです。太田明宏代表をはじめ8選挙区で全敗。議席を大幅に減らしました。

 第三の延命装置は、2001年に誕生した小泉政権による「劇場型政治」でした。

 小渕、森と続き、自民党政治ももはやこれまでというときに小泉さんは登場。
「自民党をぶっ壊す」という派手なパフォーマンスは、多くの国民に、腐った国政を変えてくれるかも知れないという幻想を振りまきました。「構造改革」の断行。髪の毛を振り乱しての熱演ぶりに改革の中身を知らずに期待を寄せた国民。2005年の総選挙でも「改革の本丸は郵政民営化」「改革を止めるな」というスローガンは国民を引きつけ、自民圧勝をもたらしました。

 図に乗った自民党は本腰を入れて改憲策動を強め、規制緩和と民営化を軸とする構造改革を押し進めていきました。労働法制の改悪によってワーキングプアが大量に生みだされ、社会保障の削減によって、国民生活の底が抜けていったのです。

自民党は投票日の新聞に全面広告を出しました。大見出しは「日本を壊すな。」です。
笑ってしまいました。「日本を壊してきました。」だろ、と思わずつっこみを入れていました。

あなたのために。この国のために。 
景気を後退させ、日本経済を壊してはいけない。
バラマキ政策で、子どもたちにツケを残してはいけない。
偏った教育の日教組に、子どもたちの将来を任せてはいけない。
特定の労働組合の思想に従う〝偏った政策〟を許してはいけない。
信念なき安保政策で、国民の生命を危機にさらしてはいけない。
…この国を守り抜く決意が、私たち自民党にはあります。


こう脅してきたわけです。しかし、実際はつぎのようだったんじゃあないでしょうか。

景気を後退させ、日本経済を壊してきました。
定額給付金というバラマキ政策で、子どもたちにツケをつくりました。
偏った教科書で子どもたちを教育しようと思っています。
田母神くんのような右翼の思想に従う〝偏った政策〟が好きなんです。
信念なきアメリカ一辺倒の安保政策で、国民の生命を危機にさらしつづけています。
…この国を壊してきた責任なんて、考えたことがありません。


 事実は頑固です。どんな延命装置を使っても、国民に災いしかもたらさない政権は退場するしかない。国民は政権交代を望み、それが実現しました。国民の勝利です。

 次は民主党政権が国民の願いをどれだけ実現できるか、が問われることになるでしょう。 

 

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鳩山さん 改憲議員同盟から抜けてね

メーリングリストで回ってきました。

どしどし賛同のメールを送ってください。短期間にもかかわらず、すでに500人・団体を超えているそうです。

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8月6日、鳩山由紀夫民主党代表は、市民球場の敷地にある「世界の子どもの平和像」(せこへい)に献花。 高校生たちのつくった核廃絶へのアピールをじっくり読んで「ここに書かれているとおりだと思う」とおっしゃいました。

核兵器の廃絶の立場と改憲の立場はなりたちません。首相就任に当たり「顧問」の辞職を要請します。

賛同のメールは、許すな!憲法改悪市民連絡会まで

 メール(kenpou@annie.ne.jp)、FAX(03-3221-2558)

締切りは15日でーす(16日首相就任予定のため)

鳩山由紀夫民主党代表に
新憲法制定議員同盟「顧問」の辞職を要請します。


第45回総選挙は有権者の自公連立政権への厳しい批判のなかで、民主党の大勝となりました。いま、多くの人びとは鳩山由起夫代表が首相になると言われている新しい連立政権が、民衆の切実な要求と期待に応える政治をすすめていくかどうか、息を呑んで注目しております。

ところで、鳩山氏はさる2008年3月4日、特異な改憲論を基盤として改憲をめざす「新憲法制定議員同盟」(中曽根康弘会長)の顧問に就任されました。そして今日、なおこの職にあると聞きます。しかし、新しい政権の首相となる鳩山氏が、こうした政治的立場にとどまることは、多くの国民の願いに合致するものとは思われません。

首相には憲法第99条の「憲法尊重擁護義務」がよりいっそう厳しく問われるのであり、特定の憲法観をもった改憲団体の役職にあることは極めて不適切なものと言わなければなりません。

私たちは、鳩山氏が英断をもって直ちに同職を辞任することを公式に表明されることを要請致します。

2009年9月

呼びかけ団体
憲法を生かす会/第九条の会ヒロシマ/日本山妙法寺/日本消費者連盟
/VAWW-NETジャパン/平和を実現するキリスト者ネット
/平和をつくり出す宗教者ネット/許すな!憲法改悪・市民連絡会


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この笑顔、消さないで 鳩山さん 鳩は九の鳥なんだから、九条を大切にね。


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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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