パンとともにバラを

----人間らしく生きるために必要なのは、「パン」に象徴される物質的な豊かさと「バラ」に象徴されるゆとりと文化。------  この生きづらい社会を少しでもよくするためにみんなで考えたい。

 

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ジャーナリストの果たした役割を伝える

書評「JCJ賞受賞作で読み解く 真のジャーナリズムとは。」
(日本ジャーナリスト会議60周年史編纂委員会)
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JCJが60周年を迎え、その年誌を編んだ。あまりに政権寄りの報道に、今日、マスコミならぬ「マスゴミ」という蔑称も生まれた。しかし、本書を読むと戦後ジャーナリズムは決してゴミではなく、「真実の報道追及」「権力の監視」「言論・報道の自由を守る」たたかいの最前線に立ってきたことが分かる。

本書の特徴は「JCJ賞受賞作で読み解く」点にある。JCJがどういう報道、放送、著作に光を当ててきたのか。60年安保闘争時に「真実を知ろうと願う聴取者のために、判断の材料を提供した」ラジオ東京報道部。徹底的に足で取材した「福島県汚職事件」報道(1978年)、「客観報道主義」からの脱却をめざし、論点を明示する報道を展開している東京新聞(2014年)、などなど。

 「真実の報道を通じて世界の平和を守る」を掲げてスタートしたJCJは、「賞を選ぶ視点をまず反核・反戦・平和」に置き、小田橋弘之『君が代は微風にのって』(1983年)、関千枝子『広島第二高女二年西組」(85年、本書本文では「四組」となっているが「西組」である。年表は正しい)、椎名麻紗枝『原爆犯罪』(86年)、土田ヒロミ『ヒロシマ』(同)などに賞を贈っている。

受賞作や候補作は、日本のジャーナリズムが「時代の真実に肉薄し、写し出す努力」をしてきたことを裏づける。残念なのは、「JCJ賞受賞作で読み解く」ことに徹しきれていない点だ。時代状況に紙数の多くが割かれ、受賞作品の内容、評価、受賞者の声などの紹介がおろそかになっている。せっかくの視点が生かされていないことを残念に思う。

少なくない受賞作が現在では接することができない。アーカイブスを整え、活字はJCJ叢書、映像はDVDシリーズとして伝えられるようになることを期待している。

  (日本ジャーナリスト会議発行、1500円)

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自民党「改憲草案」を根本から正確に、そして分かりやすく批判

昨日、樋口陽一著『いま、「憲法改正」をどう考えるか』(岩波書店)を買い求め、一気に読みました。サブタイトルは《「戦後日本」を「保守」することの意味》です。

 著者は「はじめに」で「2012年の12月の総選挙をめぐって展開した政治状況とその結果を、国内の論調は「保守化」という言葉で表現することが多い。しかし、自国の先達の残した最良の過去を--その挫折の歴史とともに--記憶し、それを現在に生かそうとしないことを、「保守」と言えるだろうか」と問題提起。改憲に連なる、戦前を美化し、戦後を丸ごと否定しようとする現在の動きを根本から批判しています。

 自国の先達の残した最良の過去を生かすために、私たちがなすべきことは何なのか。

 現在進められようとしている「改憲は、見通しの効かない将来にこの社会を連れて行くことにならないか。--それを見きわめるのは、次の世代に対する責任である」。そう著者は言います。

自民党「改憲草案」を根本から正確に、そして分かりやすく批判する警告の書です。

いま、「憲法改正」をどう考えるか――「戦後日本」を「保守」することの意味いま、「憲法改正」をどう考えるか――「戦後日本」を「保守」することの意味
(2013/05/25)
樋口 陽一

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知的障害者の能力発達を導き出したセガン

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川口幸宏著『知的障害(イディオ)教育の開拓者セガン 孤立から社会化への探究』を読む。

●知的障害者と発達 

今日では「知的障害」をもつ人(子ども)が教育(療育)を受けることは当たり前になっています。それは知的障害があっても人間は発達するからです。「どの子も伸びる」し、それを促すのが教育の役割であり、できないことができるようになること、知らないことを理解することは「みんなの願い」だからです。

 こういう考えにたたないのが石原慎太郎さんです。彼が都知事時代(1999年)に府中療育センターを視察にいったとき次のように述べました。「ああいう人ってのは人格あるのかね」「絶対よくならない、自分がだれだか分からない、 人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状況になって…。 しかし、こういうことやっているのは日本だけでしょうな」と無知をさらけ出しています。

 フランス語のイディオ(idiots)とは「知的障害者」のことで「長い人類の歴史の中で、社会参加が非常に困難であるとみなされ、そのように扱われてきた」人びとであり、「彼らの多くの人たちが、終生にわたる監禁・拘禁、あるいは遺棄、さらには殺害されてきた歴史を持つ」。しかし、19世紀になるとその歴史は大きな転換点を迎えます。石原さんは19世紀初頭の古い頭のようです。

●知的障害教育の開拓者セガン

 本書、『知的障害(イディオ)教育の開拓者セガン 孤立から社会化への探究』は、知的障害教育を切り開き、障害をもつ人びとが「孤立から社会化へ」と転換するうえ重要な役割を果たしたセガンの実像に迫ろうとする著作です。 著者は、いままでの「セガンに関する記述に大きな違和感を覚え」(あとがき)「イディオ教育の実践過程に込めたセガンの主体性についての理解がほとんどなされてきていなかった」(はじめに)状況に対して「公文書類の発掘によって、セガンの生育環境、生育史、そして社会的活動という実像を描くことに努め」、「セガンの実像を描くことができた」といいます。


●セガンは『エミール』のように育てられたのか

 第一章「寓話化された育ちの環境」は従来の「セガンが過ごした幼少期」についての記述を批判し訂正しています。「寓話化された」というのは、ルソーの『エミール』に感化された両親の下で幸せな幼少期を送った、ということ。セガンはブルジョアジーの家庭に生まれ、乳児期は乳母に育てられ、幼年期は里子に出されて育ち、少年期にはいると家庭教師から古典の基礎を学び、その後、地域の名門伝統コレージュで学ぶといった典型的なブルジョア家庭の育ち方をしたのだと著者はいいます。


●社会変革にめざめるセガン

 第二章では、そういう育ち方をしたセガンが「社会の変革を求めて」どう変化していくのかが明かされていきます。1826年頃から続く不況は、貧困、暴力、恐怖に溢れさせ、ついに1830年、七月革命が起きます。18歳のセガンもそこに参加していました。

 「七月革命はセガンらの願い通りの社会の方向に向かって進む契機となりえたか。否であった」「思想・運動の弾圧の嵐が吹き荒れた。セガンもまた数度にわたって検挙されている。革命にたちあがった経験、そして自由と民主主義の貫徹を求めたがために弾圧された経験は、やがて新しい革命への期待を膨らませることになる」(84頁)。

 そして、セガンは、1831年にサン・シモン主義者となります。
 「あらゆる社会制度は、もっとも多数のおよびもっとも貧困な階級の精神的、知的および身体的境遇の向上を目的としなければならない。/それぞれの能力に応じて、それぞれの労働の能力に応じて」ということがサン・シモン主義の根本原理でした(エンゲルスも『空想から科学へ』でこの文をサン・シモンが特に強調したこととして挙げています)。

 サンシモン主義者、セガンは「労働者の権利クラブ」を結成し、組織化にも取り組みます。セガンも署名している「同志に訴える」には、「1789年は人間の権利を宣言した。1848年は労働者の権利を宣言しようとしている」と述べ「我らのあらゆる行動の普遍の目的、それは、身体的精神的に苦しむすべての人の境遇の向上であるに他ならない」(122頁)とあります。当時、社会主義思想と労働組合運動は敵対するものと考えられていた時期に、その両方の運動を経験し担ったセガン。これがのちのイディオに対する教育の土台となりました。著者は、「イディオの教育を独力で開拓するということによって鍛えられた彼の思想性は、すべての人びとの平等性を基盤とした社会的弱者の地位向上にあるのであった」(124頁)といいます。

●セガンが切り開いた知的障害教育


第三章「イディオの社会化のために」は、それまで教育不能(石原さんと同じ考え)とされてきた知的障害者が教育が可能である、という立場にたった道程を明らかにしています。セガンはイタール(『アヴェロンの野生児』で有名)と精神科医エスキロルの指導を受けながら、イディオに対する教育実践を深めていきました。しかし、エスキロルは、「イディオが年齢に応じた教育を受けたとしても、知識を得るまでに発達することは不可能」で「生涯にわたって、イディオはその状態を変えることができない」(136-7頁)という考え方の持ち主でした。

セガンはそういうエスキロルのところに子どもたちをともなって毎週通っていたといいます。これは私の勝手な想像ですが、おそらく、セガンは自分の実践とそこから得た知見を率直にぶつけ、エスキロルから何かを引きだしたのではないでしょうか。何も得ることがなければ毎週は通わないはずです。自説を真っ向から否定する立場に立つセガンを受け入れたエスキロルもたいしたものです。

 「(セガンは)イディオはそれぞれの能力がきわめて虚弱であるが故に個別能力の発達は困難だが、それぞれの能力の三位一体を図ることによって、イディオは能力発達を遂げることができる」(155頁)という見地にたどりつきました。さらにセガンは、活動、知性、意志の順に教育されなければならない、といいます。著者は「それはセガンの実践の事実」(156頁)だというのです。身体的訓練こそ発達のカギを握るとセガンは考えました。さらにセガンは「子どもたちの発達は子どもたち同士が教えあうことにある」ということにも気づきます。

 こうして、セガンは知的障害者の発達可能性を現実のものとし、「世界のイディオたちの現在と未来とに大きな灯りを灯し、イディオたちの社会化を支え続け」ました(205頁)。そして、1898年、大須賀亮一(のち石井亮一)が、セガン教育論と教具を持ちかえり、日本最初の知的障害児・者施設、滝乃川学園を創設します。筆者は「おわりに」の最後にセガンの言葉を掲げています。

 「われわれが異常、無能、愚鈍、イディオと理解している子どもたちに、普通の習慣、つまりそれが手仕事であれ知的な仕事であれ、仕事の能力を与えることである」(207頁)
 このセガンの到達した見地は、今日の日本で、障害児教育と作業所づくり、その運営に引きつがれています。


川口幸宏著『知的障害(イディオ)教育の開拓者セガン 孤立から社会化への探究』(2010年、新日本出版社)

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jr.日本の歴史7巻 『国際社会と日本』

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真(まこと)へ

 中学校入学おめでとう。もう1か月がたってしまいましたね。「ジュニア日本の歴史」というシリーズの7巻目『国際社会と日本』(小学館)を君に贈ります。大門正克(おおかどまさかつ)さんという横浜国立大学の先生が書きました。父さんよりちょうど10歳年上の人です。この巻は第二次世界大戦が終わった1945年から現在までの歴史をあつかっています。1945年は父さんの父さん、つまり真のおじいちゃんが18歳、おばあちゃんが15歳のときです。おじいちゃんは亡くなりましたが、おばあちゃんはこの本に書かれている70年ちかくをすべて生きてきました。父さんは1963年生まれだから戦後の7割ぐらい。君は2000年ですね。まさに21世紀をこれから生きて行くわけです。

 大門さんは「はじめに」で「歴史はブーメランのように過去にもどることで、いまという時代を考えることができます。歴史のとびらを開くことで、いまという時代がよくみえてきます」と書いています。いま、憲法を変えようとする動きや、大臣3人が靖国神社に参拝したことに中国や韓国が抗議していることをどう考えたらいいのか。その手がかりが歴史のなかに隠されているのです。だから、書かれていることが今とどのように関わりあうのか、ということをときどき思いだしながら読んでみて下さい。

 この本の大きな特徴の一つは、それぞれの時期に「どのようなことが起きたのか」ということとともに、「人びとがどのように生きてきたのか」について詳しく書いていることです。しかも、女の人、韓国・朝鮮の人、沖縄で暮らす人など弱い立場の人たちに重点がおかれています。

 第二に、子どもたちの作文がたくさん紹介されていて、それぞれの時期の子どもが社会、自分たちのまわりに起きるさまざまな事件をどのように見、考えているかがよく分かります。

 第三は、タイトル「国際社会と日本」に表されているとおり「国際社会」とりわけアジアの国々と日本がどのようにむすびついているのかをふりかえっていることです。
 これらの特徴がどのように書かれているかは、自分自身で読んでください。

 今の日本はさまざまな問題、困難をかかえています。人びとがバラバラにされ、多くの人たちが貧しくなってゆく。平和憲法を捨てて戦争の準備が始まろうとしている。韓国や中国との関係も悪い…。八方ふさがりのようですが、父さんは「社会の足もとをみつめ」「社会をつなぎなおし」、たくさんの人たちと力をあわせてこの困難をなんとか乗りこえたいと思っています。だから父さんも歴史を学び、そこから未来を考えたい、21世紀に生まれ、生きてゆくきみとともに。
 

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松竹伸幸『憲法九条の軍事戦略』(平凡社新書)を読む

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 まずタイトル「憲法九条の軍事戦略」に度肝を抜かれた。憲法九条に「軍事戦略」などあるのだろうか?九条と一体をなす憲法前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」し、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」とあるではないか。九条のどこに「軍事戦略」などあるものか、と誰もが思う。

 しかし、憲法九条の「軍事戦略」という物騒なタイトルをなぜ考え、その内実はなんなのかについて一人ひとりが虚心になって読んでみることが必要ではないか。論旨は明快で予備知識のない人でも十分理解できる。

 著者は護憲の立場にたちつつも、軍事戦略が必要だという。なぜそう考えるに至ったかは「第一章 九条の軍事戦略が必要とされる理由」に述べられているので、詳細についてはここでは書かない。ただ、著者の「軍事戦略」のスタンスについてだけ紹介しておこう。それは、①「専守防衛」(=よその国に出ていかない)を本来の意味どおりにすること、②周辺諸国の軍隊との対立を減らし、協調を増大させること、③将来的には軍事力を必要としない世界をめざすこと、の三点である。「軍事戦略」とは九条から離れていくことではなく、九条実現のためのアプローチなのだ。

 第二章では「戦後日本に軍事戦略は存在したのか」という観点から、日本の支配層の軍事戦略を歴史的に分析している。
 第三章は、「九条の『制約』は『優位性』に変えられる」というタイトルである。戦後、日本国憲法と安保抑止論、自衛隊の存在は「ねじれ」ていたし、今もねじれている(だからこそ安倍自民党政権はなんとかして改憲し、安保抑止論の方向で「統一」したいと考えているわけだ)。歴代自民党政権は、安保抑止論の立場で自衛隊の増強するさい、憲法とりわけ九条との整合性をどのように図るのかに苦慮してきた。これが支配層からみた「九条の制約」である。著者はこの制約を逆手にとって、九条の軍事戦略の柱にしようという。軍事戦略のスタンスと重なる部分もあるが、①専守防衛と「自衛権」、②武器の制限、③集団的自衛権は行使できない、という縛りが戦後史のなかで積み上げられてきた。支配層にとっては「制約」であったものが、われわれにとっては「優位性」に転化する可能性があるし、そうすべきだというのが著者の立場である。

 第四章はそれをさらに展開したものであり、第五章は憲法九条の実現、憲法九条の軍事戦略の遂行と日米安保条約の矛盾をどう解決すべきかについて著者の見解が述べられている。「憲法九条の軍事戦略」を持つべきか否か、日本国憲法が改憲の危機にされされているからこそ、一人ひとりが検討すべき問題提起だろう。

  
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プロフィール

ふたみ伸吾

Author:ふたみ伸吾
二見伸吾
府中町議会議員(日本共産党)
広島県労働者学習協議会 講師
広島県九条の会ネットワーク 事務局員

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